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言葉には魂が宿るという話

普段皆さんは何かを話すときどんな語尾で話すだろうか。

「〜したい」
「〜だといいな」
「〜出来るといいな」

何かをしたいと思ったとき、その何かが今の自分には到底出来ないことだった時、自然と希望的な言葉を使ってしまってないだろうか。

私達は長く生きていればいるほど、何となく今の自分には何が出来て何が出来ないか見えてくる。その自分のやりたいことを先にやってる人がいればその人との差を感じ、そのレベルに自分が達することがどれだけ難しく、努力してでも達することが出来ないんじゃないかとも考える。

それと同時に努力するということよりも、諦めてしまうことがいかに簡単で楽なのかを覚えてしまう。

一度諦めることの味を覚えてしまえばその味を忘れることは中々出来ない。何かやっても少しでもうまくいかないことが起きれば、それっぽい理由をつけて諦めるのだ。

何も"石の上にも3年"という言葉のようにどんなことでも3年は夢中になって取り組んでみよう!とまでは思わないが、今を頑張れない人に次は来るのだろうか。

私達は生きていく上で出来れば苦しいことはせず楽に生きていたいと考えるだろう。

毎日決まった時間に起きて、決まった時間に家を出て会社に行き、やりたいかやりたくないか分からない仕事をやり、納期や周りに気を使い毎月お給料を頂く。

そんな今の生活は本当に楽なのだろうか。
幸せなのだろうか。

もし、そんなラットレースを抜け出したいと本気で思うのであれば行動するしかないのだ。

その第一歩としては評論家になるのではなく、まずは行動し努力すること、たったそれだけである。私達が目にし続けている人達は見えないところで必ず行動し努力している。

そして、そんな人達が使う語尾は必ず「〜する」「〜出来る」である。言葉に魂が宿り遅かれ早かれ形となり姿を表してくれる。

2018年の大晦日に那須川天心選手と戦い日本でも更に知名度をあげたボクシング界の生きる伝説、メイウェザーは言っている。

お前が休んでる時、俺は練習している。
お前が寝ている時、俺は練習している。
お前が練習している時、もちろん俺も練習している


昨日より1歩進んだ自分となる毎日を過ごせること信じて。


それでは^ ^

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