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「あの頃のあなたはやさしかった」と言ったのは

いつからか、あなたはわたしを気遣うようになった
こどもを抱き、日々を必死で駆けるわたしに
おずおずと手を伸ばして

「たいへんだったね」
「疲れてるんだよね」

ねぎらいのことばは、水のよう
わたしにまとわりつく透明の壁

ありがとう
ありがとう
でも、もういいの

水は、私を包みこみ 
やがてわたしはおぼれるでしょう
からみつく水は、ふたりをへだてる壁

さようなら
さようなら
でも、気づかないで

もう、どこへもいけない
ふたりは もう
わたしに触れることはできない
あなたは もう

無理に寄り添わなくていいの
とまどった指先で
不器用なことばで
“意識的にやさしく”してくれてたこと
わかってたから

 

あの頃のあなたはやさしかった

ことばなんてなくたって
ほんのわずかな時間しかなくたって
私を見る その一瞬のまなざしが
迷いのない その指先が
何気ない そのふるまいが
私にとっての“やさしさ”だった

無意識のあなたがやさしかった

「あの頃のあなたはやさしかった」と言ったのは
きらきらひかる あの日々を
透明の水に とじこめようと決めたから

 

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今回のこの小さなものがたりは、実は男性目線で書かれたものがたりと対になっています。

ひとつの恋のものがたりを、辻仁成さんと江國香織さんが男女それぞれの目線で綴った『冷静と情熱のあいだ』という小説を、ご存じでしょうか?
20年ちかくも前ですが、違う目線で描かれる情景の、残酷なすれ違いに胸を震わせながら、夢中で読んだのを覚えています。

同じ江國香織さんの『きらきらひかる』も、私にとって特別な小説です。
そのなかに「あいつと結婚するなんて、水を抱くようなものだろう」という象徴的なセリフが出てきます。
「水を抱く」という表現に、私は打ちのめされました。
なんて、切ないことばなんでしょう。

これは、しめじさんの、この“つぶやき”に対する「アンサーポエム」、創作であると同時に、たいせつな『きらきらひかる』へのオマージュです。(登場人物は睦月と笑子ではありませんが)

しめじさんのこの記事のコメント欄で、これに対する「アンサーポエム」を・・・というお題が出ていましたので、面白そう!と参加しました。
こばやしきたるさん、七海さんもアンサーポエムを書いていらっしゃいます。

アンサーポエムの会、読んでくださったあなたも参加してみませんか?


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ここまで読んでくれたんですね! ありがとう!