川満 優太

東京在住。二児の父。平日塗装工&週末牧師。開拓伝道4年目/薬物依存後遺症から立…

川満 優太

東京在住。二児の父。平日塗装工&週末牧師。開拓伝道4年目/薬物依存後遺症から立ち直った経験を通して「聖書と生きるが」モットーです。noteでは依存症から回復のことを中心に、エッセイも書いていきます。海と蕎麦が大好き。https://mizunohotorijesus.com

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  • 読書の思い出

    今までに読んだ本の感想文をまとめます。

最近の記事

昔の自分じゃ考えられない

私は今、平日塗装業で働きながら、日曜日に開拓伝道を始めた水のほとりキリスト教会で毎週礼拝をささげている。イエス・キリストを信じる前では考えられないほど人生が変わってしまった。 目次 31歳のクリスマスに洗礼をうける 精神病院退院後、神学校へ。そして在学中に念願の高卒認定試験合格!! 現在 31歳のクリスマスに洗礼をうける何度も紹介しているが、私は薬物依存症の当事者でした。 中学3年から二十歳になる2日前まで薬物乱用を繰り返してきました。 二十歳になる2日前までという

    • きっと飛べると信じてた

      私がこれまで本を読んできた中で一番涙を流した思い出の一冊になりました。「きっと飛べると信じてた」 オグ・マンディーノ著 私はこの記事を目にしてくれた方々が、「きっと飛べると信じてた」を読んでくれることを期待して、本の詳細にはあま触れないように気をつけたいと思います。 なによりもこの本は私に感動を与え、人生の嵐が襲うときも、暗闇で視界を失い絶望に落とされるときにも、私たち人間を創造された大いなる神様が、最善のタイミングで奇跡を起こしてくださる方だということに励ましを覚えます

      • 依存症からの解放

        悪循環から抜け出すためには、 心から夢中になれるものに出会うことが解放になる。 過去に薬物のほかにギャンブルにもハマったことがありました。 DARCから社会復帰して生活保護を切った途端、スロットにハマりました。 建築業に転職して、毎日パチンコ屋に通いました。 薬物をやらなくなり、施設を退寮して、安心しかけていた頃でした。 消費者金融からもお金を借りるようになりました。 引っ越しをして心機一転してもダメでした。 仕事を休んででも行きました。毎日負けました。勝っても、次の日に

        • 承認欲求

          依存症者には承認欲求を求める強い傾向がある、とよく言われます。私もあらためて過去を振り返り、人に認めてもらいたい。とか、自分を高く評価してほしい。という欲求が異常なほど間違った形であらわれていたのかを客観的にみることができました。 私は1990年代の非行少年の道を歩いていました。 1983年生まれ。小学校6年生の頃に、当時、公園にはホームレスが沢山いました。近寄って行って仲良くなり煙草を買って渡したことがあります。その時に私たちにも煙草を教えてもらいました。 中学1年の放

        昔の自分じゃ考えられない

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        • 読書の思い出
          1本

        記事

          「繰り返す失敗」

          薬物リハビリ施設に入所したのは21歳の時でした。 少年院から出てきて1年も経っていませんでした。 少年院出院後は、免取りになった車の免許を再取得するために教習所に通いました。仕事もアルバイトから始めて、やり直す気持ちでいました。 ある時から幻聴や妄想が始まりました。フラッシュバックでした。 教習所やアルバイトも辞めて、暗い部屋に閉じこもり頭の中に聞こえてくる声が現実のようになってきました。幻聴で聴こえてくる世界と現実が入れ替わってしまったんです。夜になると家を出て友達のと

          「繰り返す失敗」

          後遺症との戦い

          薬物依存後遺症は回復する。 私はドラッグの後遺症で12年間苦しみました。その間DARC入所や自助グループにも通いました。でも、今は結婚して2人の子供を与えられています。 妻が子供を妊娠した時は覚悟をしました。 ちなみに妻と結婚を決意した時、なぜか私は障害者手帳の発行を申込みました。それは、万が一これから先、自分がおかしくなった時に、障害者としての証明書となり、説明不要で病院側にも理解してもらえると思ったからです。 私なりの先行き不安に対する、わずかな対策でした。 でも、

          後遺症との戦い

          3つのポイント

          依存者を断ち切るときに大切なポイント。 ①自分の力ではどうすることもできないことを認める ②自分を助けることのできる神様の存在を信じる ③自分の問題を神様にあけ渡す 依存症や精神的に病んでいる時、 この3つのポイントをおさえておくことはとても大切なことだと思います。 どうにもならない人生を本気で終わらせたいと思うときに、 この苦しみは1人の戦いではないことを知ります。 人生が新しい方向に進み出すと、今までできなかったことができるようになります。 今まで本当にやりたかった

          3つのポイント

          まともに生きていくことのできなくなった人

          タイトルに記したのは、私にとって「依存症とは」についてです。 私にとって依存症とは、 「まともに生きていくことのできなくなった人」 私は、薬物をやめて2年後にフラッシュバックを起こして幻聴、幻覚が始まりました。そのことで心療内科で診断された病名は「覚醒剤誘発性精神病性障害」というものでした。 私は先日、神奈川の某クリニックでスピーチをしに行ってきたのですが、当事者たちといっしょに話を聞いてくれていた先生が、「もし診断の結果統合失調症と判断されていたら今の川満くんの人生は

          まともに生きていくことのできなくなった人

          ツツジとの出会い

          昨日近くの駅前でやっていた環境フェスでツツジをもらった。  私は、結婚するまで住む場所を転々としてきました。今、実家以外で一番長く住んでいるところが八王子です。  薬物依存になってから結婚するまでで、7回くらい住む場所を転々としてききました。仕事の都合でと言えば少しは格好つくかもしれないけど、そうではありません。薬物依存の後遺症で施設や社会復帰後の一人暮らし、フラッシュバックで転々と。という感じです。だからそのたびに、観葉植物とかを育てても長く見てあげることはできませんで

          ツツジとの出会い

          人との繋がり

           私の場合は、薬物依存だったが、ほんとうにやめられないほど夢中になっていることがある時って、視野はかなり狭くなっている。  そのやめられないものが生活の中心にあると、どうなるのか? ・他のことはほとんど後回し ・それを共有できる仲間と繋がる ・やがて1人の時間が多くなる ・平気で嘘もつくようになる  先日、人との繋がりが如何に大切なのかがわかりやすい動画に出会いました。  心に傷やトラウマ、悩みや苦しみがあると、その中であたかも依存傾向の道が当てはまるかのように、やめられ

          人との繋がり

          2016.9.22の証その③

           東京の教会に着いた。  インターホンを鳴らすと牧師婦人が出た。名前を言うと1年前に2回しか来たことのない自分を覚えていてくれました。牧師は不在でした。帰ってくるまで会堂で待たせてもらえることになりました。しばらく待っていると、牧師が帰ってきました。  牧師夫婦が話しを聞いてくれました。私は今の自分の状況を正直に話しました。帰るあてがなくさまよっていることなど。そして神様を信じたいと伝えました。  牧師は少し考えてから「よし、やってみよう。」と言ってくれました。私は、とにか

          2016.9.22の証その③

          施設を抜け出した2016.9.22証その②

          〜イエス様との出会い〜 私は、仕事も辞めて家のベッドで横になり途方に暮れていた時、名前くらいしか知らないイエス・キリストが漠然と頭の中に出てきた。  そして私は、助けを求める方法としてインターネットを使った。イエス・キリストを知っていそうな人やクリスチャンだと思われる人たちにメッセージを送りました。なにを送ればいいかわからないし、精神的にも病んでいたのでしっかりした文章ではありませんでした。相手にしてくれる人なんていないだろうと思いました。 「死にたい」「助けてほしい。」と

          施設を抜け出した2016.9.22証その②

          社会復帰失敗2016.9.22証①

           私が、イエス・キリストに信仰を持つようになったのは、2014年の10月の頃です。  私は、10代の頃、遊ぶために薬物を使用していました。そのため、21歳の時にドラッグアディクションリハビリテーションセンター(DARC)に入所しました。  10代の頃にしか使用していなかった薬物のために、使用しなくなった後も後遺症で苦しみました。それは、幻聴・幻覚でした。  21歳でDARCに入り、初めてプログラムに参加した時の異様なミーティングの雰囲気を今でも覚えています。しかし、とう

          社会復帰失敗2016.9.22証①

          記憶の回復

           10代の頃、私は薬物を毎日のように使用していた時、いつも記憶を無くしていました。夜からシンナーを吸って、他の薬も混ぜたりしました。次の日の昼頃眠りから目が覚めると同時にシラフが始まる。(自分がなぜここにいるのかわからない時なんてしょっちゅうでした。)それが四年くらい続きました。中学1年の頃からお酒も飲んでいたので(それも記憶がなくなるまで)、記憶がない10代の生活が続きました。  だから過去のことをあまりよく覚えていないのは当たり前なんです。  私の薬物使用期間、お酒も含

          記憶の回復

          依存を断ち切るために

          依存症になると、体がいうことを聞かず、頭ではダメだと分かっていても、その欲求を満たさなければ、さも頭がおかしくなってしまうかの如く、喉が渇いたようになる。 そして、仲間に連絡すれば、それを売ってくれたり、満たしてくれる人が周りにいる。 その状況の中で、中毒を断つ、というのは至難の業だ。 ただ依存は耐性がつく。もっとやらなければ刺激が足らなくなるのだ。それか、やり続けなければならない。 たからこそ、断ち切らなければならない状態に立つ時に、やめられない苦しみを味わって、や

          依存を断ち切るために

          良い実を結ぶ

          と、いうタイトルで今週の礼拝のメッセージをしてきました。音声のみですが、お時間ある時に是非お聞きください。

          良い実を結ぶ