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#2000字のドラマ_小説『スターライトマイン』

梅雨の晴れ間、晴れた空に洗いたてのシーツが映える。ひらひらした布は風に乗り、雲のようにふくらむ。あー映える。ほんとに映える。インスタにでも載せたい光景。

でも、今の私はそんな気分じゃなかった。
っていうか、そもそも仕事中だし。

「よかったわねー。天気が良くて助かったわ」
「洗濯物、片付きましたね」

私は保育士。春から大学を卒業して保育園で働きだしたばかり。先輩の先生方に助けられながら、慌ただしい毎日を過ごしている。

時間は昼過ぎ。昼休みが終わって、遊び疲れた子どもたちは教室でお昼寝をしている。私たちは、お昼寝用のシーツを洗ってしまおうと、どんどん洗濯機を回し、運動場に干していた。

昨夜の疲れがのこっている。
朝から体がずーっと重たい。

珍しく深酒をしてしまっていた。体の調子がすこぶるよくなかった。朝の時間でも、いつもの笑顔が出なくて、ギシギシひきつったようなぶきっちょ笑いしかできなくなっている。保育士になってから酒は自重してきたのだが、どうしても飲みたい事情があったゆえ、かなりの量を飲んでしまった。

「ねぇ、ユキ先生?」
「はい?」
「さっきからどうしたの?ボーっとして。何かあった?」

先輩の先生が、私の様子が変なことに気づいて話しかけてくれる。

「親御さんからなんか言われたの?」
「いえ、そうではないんですけど・・・」
「あら。じゃあ、失恋とか?」

図星を突かれた。

「ええ・・・恋人と、別れたんです。」

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まさかと思っていた。
保育士の仕事にもちゃんと彼氏は理解を示してくれていると私も思っていた。その思い込みも甘かったのだろうが、彼は私の他に女を作ったのだ。

「冗談でしょう?」
「本気に決まってるだろ?」
「私が忙しいの知っててそういうことするの?最低」

怒りにまかせて、人目も気にせず
私は彼を平手打ちした。
そうでもすれば彼は反省すると思ったからだ。

ところが、彼はなよなよしく言った。

「寂しいんだよ。少しは俺のことも構えよ」

身の毛がよだった。
私の愛していた男は、保育園児よりも子供だった。

「ユキが悪いんだからな」

捨て台詞を吐き捨てて、園児はレストランを一人で出て行った。二人で食べた分の、5720円の支払いの伝票も忘れて。

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先輩先生は話を聞いて、笑った。

「笑い事じゃないですよ!」
「ごめんごめん、あんまりひどい男だったから可笑しくなっちゃって。」

私たちは外の小さなベンチに腰掛ける。

「そう~~、ユキ先生も馬鹿な男にひっかかったわねぇ。だいじょうぶ、男運がなかっただけよ」
「・・・そうですね。男運、無かったですね」

私は思わず苦笑いしてしまった。

「ま、ユキ先生ってすごくしっかりした性格だから。男の人選ぶときも、ちゃんとした人じゃないと納得できないっていうのもよく分かるわ」
「こういう性格だから、結婚遠のくんですかね?」
「そんなことないわ。絶対素敵な人がいるはずよ」

慰めてくれた先生の気持ちはありがたい。
でも、なんとなく気持ちは晴れないままだった。

「さ、暗い顔しないで?七夕の準備しましょう!」

先輩先生に連れられて、教室に戻った。

子供たちを起こして、今日最後の時間に入る。
「はい、今日はみんなで短冊にお願い事を書きましょう~!」

キャッキャとはしゃぐ子供たち。
色とりどりの短冊に、ペンでお願い事を書く。
友達と見せ合う子がいたり、こっそり書く子がいたり。
いっぱいの無邪気さで教室があふれかえる。

私はその姿を少し遠くから見守っていた。
本当なら子供たちの輪の中に混ざるべきなのだろうが
いかんせん気分も体調も最悪。
少し、一人で落ち着きたかった。

「みせてよーー!」「やだー!!」
「コラー!教室を走り回らない!」

バタバタ追いかけっこを始める男の子たち。
何を夢に書いたのだろうか。

ああ、いけない。
卑屈な自分がどんどん出てくる。
こういう冷めたところを直したいと自分も思うけど
昔からの癖はなかなか治らないんだぁ。

私が一人で鬱々としていた、その時だった。
ちょこちょこ、と女の子が私のところに歩いてきた。

「せんせー!」
「ん?どうしたの?トイレ?」

しかし、女の子は予想外のことを口にした。
「せんせい、やなことあったの?」

驚いた。
保育園児に図星を突かれるとは。

「ん?どうして?」
「せんせい、いつもよりげんきないもん」
「せんせいえがおじゃないもん」

子供は、想像以上に、大人のことをよく見ている。

「せんせい、げんきだして?」
「いっしょに、おねがいごとかこう?」

そう言って、短冊を一枚渡してくれた。
私は一瞬驚きながら、両手で短冊を受け取る。

「・・・うん。ありがとう」
私が笑うと、女の子も笑いかけてくれた。

その姿がたまらなく愛しくなって、私はその子を抱きしめた。子供の無邪気さは、時に残酷であり、また、どこかで誰かを救っているのかもしれない。そんなことを柄にもなく思ってしまう。

いつからだろうか。
短冊に願い事を書かなくなったのは。

童心に帰る、とかいう安っぽい言葉で
言うわけじゃないけど、ほんの一瞬だけ、
純粋な気持ちに戻った気がした。

運動場に建てられた、大きな笹。
子供たちが書いた、たくさんのカラフルな夢たち。
もちろん、私のも飾った。

「素敵な未来が、訪れますように。ユキ先生」

ゆらゆらと揺れる小さな紙に、ささやかな夢を乗せて。短冊は湿った風に吹かれて、いつまでもたなびいていた。



[了]



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