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静かなWater blue - 高知 宿毛

chapter 01:最西端の異界

高知県宿毛市。

高知県の最西端、愛媛県との県境に位置する人口2万人の小さなこの市は、高知県中央部から車でも電車でも3時間を要するが故、生半可な覚悟では近づくことができない。

高知県東部に住んでいた私の周りには、私を含めて宿毛市を訪れた経験を持つものがおらず、さらに"誰もが知る特別なもの"は何もないイメージ、幼い頃に見た宿毛佐伯フェリーのCMの不気味さ、ものすごく遠い場所にあることなど悪条件が重なってしまい、私にとっては謎のベールに包まれた異界であった。

世界地図で例えると、ロシアの遥か東にあるベーリング海近郊の未開の地に限りなく近い存在だった。

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高知に帰省した時、どうしても親兄弟との時間を密に過ごそうとしてしまう。親孝行のつもりではないが、どうしてもひとりで遠出をすることを躊躇してしまう。そのメンタルブロックは長い間、私と宿毛市との距離を遠ざけ続けてきた。

その時間と距離は、私の中にある宿毛市のミステリアスさをさらに増大させた。

近年、高知県は自然と観光を軸にしたブランディング活動が盛んとなり、県下のさまざまな地域の名が全国まで響きわたりはじめている。テレビや雑誌でもちょくちょく見かけるようになり、高知県に興味を持ちはじめる私の知人も多くなってきた。

私もそんな会話のなかで"高知県出身"と偉そうに振る舞うものの、実は高知県のほとんどの地域に足を踏み入れたことがなく、高知のリアルな情報をあまり持ち合わせていないことに気づいた。

これを機に未踏の地域に行ってみようと意を決し、冬の到来を告げようとする11月上旬、休暇をいただいて宿毛に向かうことにした。いよいよあの異界の扉を開く日が来たのだ。

旅の始まりに改めて言っておきたい。
宿毛は"やどげ"ではなく"すくも"と呼びます。

そして、今回の記事は一切忖度なし。
私の目に映ったリアルな宿毛市を書きます。

chapter02:破線

某日、AM9:00_____。
高知駅北口から激安レンタカーで軽自動車をお借りし、3時間のスリルドライブへ出発。長時間の運転による腰痛を懸念して、愛用のジェル座布団にも同席してもらうことにした。

2021年現在、高知市から宿毛市までは高速道路が一気通貫で開通しておらず、高速と下道を乗り換えていく以下のルートを通って宿毛市まで向かうのだが、難易度が高すぎて窪川町あたりで挫折しそうだ。

・高知ICー(高速道路 60km 60分)→四万十中央IC
・窪川町ー(国道56号 5.5km 10分)→四万十町西IC
・四万十町西ICー(高速道路 10km 10分)→拳ノ川IC
・拳ノ川ICー(国道56号 35km 50分)→四万十IC
・四万十ICー(高速道路 25km 25分)→宿毛和田IC

市街地とインターチェンジ間の時間や、休憩時間を含めるとやはり3時間近くはかかる。しかし、インターチェンジの名前が"四万十"だらけで何がどこなのか非常にわかりづらい。

帰省する度に思うのだが、何でもかんでも"坂本龍馬"と"四万十川"を付けておけばなんとかなる的な高知県の発想、いい加減何とかならないものか。ちなみに食べ物は"カツオ"と"ゆず"で何とかしているようだが、例えば観光大使に坂本繋がりで"坂本一生(新加勢大周)"や"磯野カツオ"を召喚するなど、もう一捻り何かが欲しい。

気を取り直し、まずは第一関門である"窪川"を目指す。
高知ICから山に囲まれた高速道路を走ること1時間、四万十中央ICを降りてすぐにある"道の駅あぐり窪川"に到着した。

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農業が盛んであり、畜産では窪川牛が有名な窪川。
Agriculture(農業)が語源であろう道の駅には、豚まんをはじめとする美味しいものが多く、休憩するにはちょうどいい。

お茶を飲んで、目をつぶって深呼吸をする_____。

生き急いでることがバカバカしくなる。
そのくらいのリセット。

ばっちり休憩したあと、Jack Johnsonを爆音で聴きながら、また山に囲まれた国道を延々と走る走る。
変わり映えのない山の景色に飽きてきた頃、薄汚れた軽自動車は拳ノ川ICを過ぎて、佐賀町に突入。そこには冷たい青に包まれた緩やかな海原が広がっていた。

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ほんと絶景。
山を抜けた瞬間、一気に飛び込んでくるこの広大な海原に、思わずうわーって叫んでしまう。

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その後に続く入野のビーチ。
私は感動のあまり、"うおりゃー"とか"エビフリャー"とか"おんどりゃー"といった奇声を発し続けているうちに、気がつけば四万十市(旧中村市)の中心街を抜けて、いよいよ異界への扉を開く瞬間が近づいてきた。

高知市内から車で走ること2時間30分、正直あまり苦にならなかった。"宿毛市に向かう長い道のり"と捉えてしまうと苦行以外の何でもないのだが、きちんと道中をリサーチをしておけば、道の駅や絶景などいろんなシーンに出会うことができる。

chapter03:君の靴と未来

AM 11:30_____。

四万十市を抜け、宿毛市東部に位置する"平田地区"に到着した。まず最初に向かったのは、靴をオーダーメイドされている" kino shoe works"の工房。

登山靴のオーダーメイドを考えていた頃、kino shoe worksの存在を知り、宿毛市を訪れる際は必ず工房に行こうと決めていた。

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オーナーの木下さんは奥さんと二人で工房を営んでいる。
シンプルで丁寧に作られた革靴を眺めていると、やっぱり作ってもらいたくなる。

私は普段、REDWINGの875を愛用しているが、傷だらけのブーツをオイルで磨いて、また傷ついてを繰り返していくうちに、私に少しずつ密着してくるエイジングがとても魅力的であり、木下さんの作った靴ともそんなお付き合いをしたくなった。

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木下さんは県内外のイベントや知人の店などに自ら出向き、注文を受けられており、私がお話を聞いた時点で完成まで半年待ちだった。

半年...。垂涎_____。

当初、kino shoe worksを訪れたあと、近くの名所を巡ってみようと考えていたが、今回の旅が一泊二日のツアーであまり時間がなく、昼食を取るために宿毛市の中心街に向かうことにした。

chapter04:凍てついた青

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松田川を超えるといよいよ宿毛市中心街に突入する。
平田地区を抜ける頃から何となく感じていたが、人の気配はあるものの、人の流れをほとんど感じない。
単純に"田舎"とか"のどか"という表現ではなく、言語化が困難な独特な雰囲気に固唾を飲んだ。

とりあえず人の流れがあるであろう、JR宿毛駅に向かった。

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高知県西部の終着駅"宿毛駅"に到着したが、ここにも人の流れを感じない。それ故か、青い海をイメージして作られたであろうこの駅舎は、誰もいない海原をただじっと眺めている白い灯台のような寂しさと同期した。幼い頃、誰もいない白い灯台に近づくと、遠い世界に連れて行かれるのではないかという錯覚に陥ることがあった。それだ。

しばらくその感覚に触れながら、この町の独特な"匂い"は一体何だろうと考えてみる。

私が幼少期の頃、正月三が日は全ての店が休業し、町中から人の気配が消えていた。ほとんどの家庭は家の中で緩やかな時間を過ごし、友達と遊ぶことも何となくタブーな時代だったが、私はあの凍てついた空気が耐え難く、一日も早く冬休みの終わりを待ち望んでいた。

それと同じ匂いがしている。

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ただ、凍てついた空気は感じるものの、朽ち果てた感じが全くしないのは何故だろう?

chapter05:色褪せた水彩画

東宿毛駅に移動。

宿毛市は多くの偉人を輩出した土地であり、この東宿毛駅のオールドスクールな町の随所に、所縁あるものが立ち並んでいる。その所縁ある建造物のひとつとして、宿毛市のランドマークでもある"林邸"がある。

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- 幡多地域における自由民権運動の本拠地としての系譜を引き継ぐ邸宅  林家は近代日本で初めて、林 有造、譲治、迶と三代続けて大臣を輩出し、親類の吉田茂(政治家)、竹内明太郎(小松製作所(現コマツ)創業者)らと共に近代日本の発展をリードした一家です。林邸は林有造の邸宅として明治22年(1889年)に建設され、幡多地域における自由民権運動の本拠地として重要な役割を担いました。以来、130年以上に渡り、自由民権運動の系譜を連綿と引き継ぐ邸宅として親しまれてきました。          (www.hayashitei.com 引用)

崩壊寸前だった林家を再建し、カフェ&レンタルルームとして新しい命を吹き込み、再生を図られている。新しい林邸は古き良き時代の匂いを残しつつ、悪戯に流行や近代的なデザインを取り入れていない点は、非常に好感度が高い。

せっかくなのでカフェでお昼ご飯をいただいた。

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かなり本格的なカレー。
相当美味い。

ついでに店員さんに噂のローカルスイーツ"亀焼"について聞いてみると、気さくにいろいろとお話ししてくれました。カフェの居心地のよさ、美味しいカレー、緩やかで優しい店員さんのシナジーでかなり幸せになる。

さて、その"亀焼"だが、この林邸の裏に"収納された神輿"のようなフォルムをした小屋で売られている、亀の形をした今川焼のことだ。事前に美味しいとの情報を掴んでいたのでかなり楽しみにしていたが、宿毛行脚初日は閉店。

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林邸の店員さんから営業日や時間が不定期であると聞いたので翌日も再訪問したが、残念ながらチーン...だった。

chapter06:沈黙と箱庭

宿毛市のオアフ島"大島"にある、宿毛リゾート椰子の湯に行ってみた。

大海原の眺望に浮かぶインフィニティ露天風呂で、3時間のスリルドライブと町散策の疲れを一気に解消したい。

宿毛リゾート椰子の湯はもともと国民宿舎椰子という施設を改良したものらしいが、宿泊料金の高さからも、かなり気合いの入ったブルジョワな施設に様変わりしてるであろうと期待度MAXだ。

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この日は天気も良く、Webでみた絶景を眺めることができたが、ボイラーが故障していてお風呂がぬるかったことと、絶景にクレーンがいたことが惜しかった。また、日帰り入浴客のロッカーがなく、貴重品ボックスしかないことが残念。

入浴後は宿毛市を南下、道の駅へ向かうことに。
道の駅すくもは道の駅の先駆けということで、宿毛のいろんなものを一網打尽できるのでは?と期待度MAXだ。

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小さな一軒家が立ち並ぶ、道の駅にしては珍しい"町営住宅スタイル"を採用。悲しくも閉店した店が多く、開いている店も道の駅というよりは昔の商店のような感じで、観光スポットとしては残念な点が多い。

道の駅は海に直面した遊歩道があり、秋の気配と夕凪が妙に切なくて、ずっと海を眺めていた。

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宿毛市内を車で走っていて気づいたが、宿毛市は自然体で緩やかに過ごせる場所がたくさんある。高いお金を注ぎ込んだランドスケープよりもずっと美しい場所。

ただじっとしているだけで、ここはリゾートなんだ。

chapter07:塗り潰すなら"あの日"

あくまでも私の考察だが、決して宿毛市は廃れていない。
かなりのポテンシャルを秘めた場所であり、廃れているように見えるだけで、その要素が空気を凍てつかせてるのだ。

未撤去の廃業された店の看板、色褪せた壁や張り紙、燈の残骸があまりにも多すぎる。

東宿毛のとある町並みを眺めたとき、燈が消える瞬間を想像した。本当に町の生命が途絶える瞬間は、町の再開発に失敗し、本来の目的を果たさなくなり、脱色されたチグハグな風景が並んだ時だと思う。

宿毛市はまだ十分に間に合う。

コンビニの居抜き物件にお年寄りを集めて健康食品を売りつけるインチキ業者の出現、飲食店の居抜きが会社の事務所化などは典型的な死に様だ。

建物を壊して望みを託し、新しい何かを建てることは、基礎体温の低い町では崩壊へのカウントダウン開始と同じではないだろうか?残念ながら、真綿で首を絞めるようなリノベーションアイデアを推奨する、無責任な再開発コンサル業者が後を絶たない。

私の故郷の海も犠牲になった。

宿毛市にはもう一度逢いたい昭和の原風景が、今でもたくさん残っていることが最大の強みではないだろうか?そんな良質な素材を、得体の知れない"都会かぶれ"の悪知恵に触れさせないで、市民のエネルギーだけで人の流れを復活させることができないだろうか?

ポーランドのワルシャワを訪れた時、涙が出るくらい綺麗な景観に何度も足を止め、何度も再訪を誓った。
特に何があるわけではないワルシャワ市街地だが、町をものすごく大切にしているだろう、ただならぬ雰囲気が漂っている。ワルシャワ市街地は第二次世界大戦で焼け野原となったが、近代建築による再建ではなく、資料を基に壊された歴史的建造物を再現したそうだ。

もう一度帰りたい場所には未完成な場所であったとしても、ワルシャワ再建に貢献したもの達に似た魂が宿っているかもしれない。

燈が消える瞬間が想像できた場所をアウトラインだけで描いてみると、廃れたように見える場所も、廃れた印象が著しく減る。

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それをアースカラーで彩色してみた。

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あの日の原風景が蘇る。
模造されたレトロスペクティブとは明らかに違う、本物の"あの日"だ。

また、宿毛市には他の町と比べて、他にも圧倒的な強みがある。それは本当に町が明るく綺麗なのだ。道路にゴミが落ちていないし、空気もかなり澄んでいて高台からみた町並みや、そびえ立つ山々を高い解像度で眺めることができる。0.1mmの水性ペンで緻密に描いた絵画を見たような感動がある。

あとはこのこじんまりとした町は、生活の全てがバランスよく整っている。贅沢や便利を求めればキリがないが、かなり便利な方ではないだろうか?

そんな町を包み込む静けさは、枯渇ではなく品性であり、市民の民度の高さも町の雰囲気から伝わってくる。

その良質な市民という名の筆で、町をもう一度彩色できないだろうか?

あとがき

一泊二日で宿毛市の細部まで知ることは不可能であることは百も承知ですが、この短時間で触れた感覚や第一印象はとても大切にしていきたいと思う。

宿毛は"もう一度遊びに行きたい場所"というよりは、"もう一度帰りたい場所"という表現が相応しい。もっと長い時間をただただ静かに過ごしていたいのだ。

綺麗な海でお酒を飲んだり、図書館で本を読み倒したり、市民と喋ったり、何か一緒にイベントしたり、楽器を弾いたり、スナックで管を巻いたり、ららぽーとで晩御飯食べたり、そんなありふれた宿毛市の日常とリンクしたい。

宿毛市は現状をもう一度メンテナンスして、新しい彩色をすれば必ず人の流れが復活すると信じたい。産業やコンテンツは少なくとも、素敵な町であれば、少しずつアウトソーシングなどの産業を誘致する呼び水になるのではないだろうか?

などと好き勝手なことを言っているが、遠くに住む私に宿毛市を彩る筆を持つことはできないだろうか?

読み返すと、長い拙文で散々なことを書いてしまったのだが、最後に自問自答する。

質問:宿毛市に住みたいか?

答え:はい

また来ます☆

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