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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~ 明治維新編

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~ の明治維新編をまとめます。
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#渋沢栄一

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#54

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#54

12 神の行く末(1)

 公儀の直轄領だった長崎は、鳥羽伏見での敗戦を受けて奉行が退去していた。そのため、無政府状態だったところ薩摩、長州、肥前、土佐といった長崎にいた藩士たちがとりあえずの行政機能を担っていた。その状況の改善が朝廷に働きかけられ、九州鎮撫総督の沢宣嘉の参謀として聞多は長崎に赴任することになった。
 総督府や裁判所(県庁)を開庁し、行政機能を図ることになった。五箇条の御誓文といっ

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#74

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#74

15 運命のひと(5)

 聞多が東京にいるうちにまとめてしまおうということになり、婚礼の支度が至急行われた。近くにいる友人知人の出席のもと、聞多と武子が夫婦になったことを、知らしめるくらいでというものだった。
 大隈の屋敷の広間に皆が集まり、いざ婚礼を始めようとした時、意外な人物がやってきた。これまで、薩摩に帰ったまま、連絡すらなかった中井弘が現れたのだ。
「大隈さん久しぶりじゃ。今日はなにかあ

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#79

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#79

16廃藩置県(5)  今度は渋沢が大久保と対立した。その渋沢が馨の家に訪問してきたのだった。書斎に通されるなり、渋沢はまくし立てるように言い出した。
「はぁもう、大久保さんのもとでは仕事ができません。無理です」
「なんと、そねーに気短なことでは。じっくり話してみぃ」
「私が気短ですと。井上さんにそうおっしゃられるとは不甲斐ない」
渋沢の言葉に馨は苦笑いを隠せないでいた。
「大久保さんが、陸海軍省の

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#80

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#80

17 遣欧使節団と留守政府(1) 政府は廃藩置県後太政官制を打ち出し、その職制と事務章程を制定した。大臣・参議などにより構成される最高意思決定機関としての正院、立法機関としての左院、各省の卿・大輔などで構成される行政機関の右院が置かれた。
 大蔵省を事実上掌握したのは大輔の馨だった。頭の中にあった国家を開化進歩させる案を実行に移すことにした。政府の権威と意見意見の一致を見るための、立法官重視では

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#82

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#82

17 遣欧使節団と留守政府(3) 

 馨は結局大隈のところに顔を出すことなく、渋沢とともに大久保の家に向かった。二人が大久保の家に着き、案内の女中に手土産を渡しているところに大隈も到着した。
「馨と渋沢は一緒だったのか」
「すまん、あれから大隈のところに顔を出す暇がなかったんじゃ。まぁいいじゃないか。一緒に案内してもらえば」
 大隈は馨がいつもと変わらない様子だったので安心した。
 夕食会は一応

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#84

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#84

18 秩禄公債(1)

 内議で決していた事業のうちまず取り掛かろうとしたのは、華士族に対する俸禄の処分についてだった。華族と士族に藩政下で支給されていた俸禄を新政府について賄いきれるものではないため、削減をした上で禄券という証券にして配るというもの。士族の俸禄の削減は藩政下でも行われていて、他に生活の糧を持たないものについては農業をできるようにしたり、生業を得るための助産をするという保護策も設け

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#86

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#86

18 秩禄公債(3)

 年が明けて、馨はオリエンタルバンク主催のパーティー出席した。
「ミスター井上、お越しいただきありがとうございます」
「ミスターロバートソン、こちらこそ、色々お世話になっております。中々のご盛況で」
「このように沢山の方々にお支えいただいて、成り立っています」
「我が国にとってこちらは海外への窓のような所です。今後ともよろしく願いたい」
「確かに、我々もご協力できるのはうれ

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#87

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#87

18 秩禄公債(4)

 アメリカに送った吉田から、公債発行についての進捗の報告も送られてくるようになった。
「これは一体。どうなっちょる」
「井上さん、森さんがどうしてこのようなことを」
「良くはわからん。ただ森は俸禄を給金のようなものでなく、永代受給権的な財産だと思うちょる」
「なるほど、勤労の対価と思っておる吾輩たちとは、違うということであるか」
「とにかくわしは森の言うことは放っておけと言

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#90

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#90

18 秩禄公債(7) ロンドンに移動していた吉田から文が届いた。日本国政府が公債発行のため動いていることは、世界の金融機関に明白になっているので、ここで中止することは信用問題になる。そして8%以下では発行は困難なので利率の再考を願うとあった。また大隈と渋沢を集めた。
「吉田から報告が届いた。いよいよ腹をくくらんといかん」
「8%で発行するか」
「渋沢、返済計画の表を」
「こちらに、やはり8にすると

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#93

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#93

19 予算紛議(3)

「定額」を一刻も早く決定していかなくてはならない。時間は待ってくれない。大隈と結局西郷隆盛の協力を得て、「定額」に関する会議を開くことになった。
「概要は私、渋沢がご説明いたします」
「定額とは、一年間の必要経費のことになります。基本筆記具などの消耗品から官員の出張旅費、新規の備品、事業費などを計上することです。これらの必要項目には計上の理由をつけてください。たとえば工具は

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#94

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#94

19 予算紛議(4)

 今日は晴れがましい日になった。鉄道が新橋と横浜の間だが開通した。馨は博文と大隈の資金に関する相談にはのったが、具体的には関係していなかった。それでも、工部省の責任者の山尾と井上勝は、イギリス密航仲間だ。二人の力があればこそ開通できたのだと思うと誇らしかった。
「狂介、流石に直垂姿は様にならんの」
「そういう聞多さんも、布にくるまれているようですよ」
「ふん、まぁええ。そう

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#95

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#95

19 予算紛議(5)

 次に出席者は蒸気機関車に乗り込んでいった。
 馨は山縣、陸奥や江藤と同じ車両だった。席を動かなければ、特にこれといったことはないので、車窓を楽しんでいた。
「狂介、江藤と同じ車両とは」
「聞多さん、席はあちらですから」
「まぁ。渋沢が鳥尾や梧楼に囲まれているよりはましじゃの」
「山尾と勝が席決めをしたのでしょうな」
「あいつら何も考えておらんな」
「気にかけておったら大変

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#100

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#100

19 予算紛議(10)

 佐伯に呼ばれた渋沢が馨の執務室にやってきた。
「おう、渋沢。母の喪中の間色々すまんかった。沢山の面倒をやらせてしもうた」
「それも私の仕事です。陸奥さんや芳川さんもおられますし、大丈夫です」
「それで、呼び出したことじゃが。暦を至急西洋の太陽暦に変える必要があると、思い至ったのじゃ」
「それは、忙しいことになります」
「いままでなんで気が付かんかったのかと思うのじゃが。

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#101

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#101

19 予算紛議 (11)

 陸軍は薩摩が大勢を占めていたことから、山縣はその進退が問題になっていた。馨は、西郷隆盛と大隈の力も借りて、山縣の処分が寛大になるよう調整をした。とりあえず軍籍はそのままに陸軍大輔の辞任で済ますことができた。
 このことで馨は、以来表立って山縣の支援は請けられず、太政官で孤立を深めることになった。
 誰も入れるなと怒鳴っては、自分の執務室にこもった。
 そして机の上に置

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