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L.O.P.E.S.S 【 Lunatic Of Party Endanger Suck Shit 】 狂人がパーティーを台無しにした件について 〜大阪編〜 前編 20230819



極寒に広がる美しく儚い自然の中で育まれる強靭な魂は、猛烈な空腹を凌駕する底冷えに裏打ちされた不屈の氷塊とも言える。


命は暗澹の中で確実に輝き、同時にそばで暖かく身を寄せてくるそれが、確実な死である事を、私は幼い頃から理解していた。


半ば強制的に洗礼を受けさせられたルーテル協会に掲げられたテトラモルフを表すステンドグラスは、凍えた魂の中で、小さな焔を絶やさず居てくれることを考えると、祖国における宗教観という物はこの国で生きる人々にとって、生きる糧そのものだったように思う。


後にそのステンドグラスと密教の曼荼羅の中に相似性を見出し、この国を出て様々な美に触れたい気持ちが芽生えたのが初期衝動だと言い切るには少し弱い。本当の理由は、魂さえも凍結させるこの国の気候こそが、僕の凍りついた魂の大部分を締めていたのだった。



僕の出身地である凶凍土が満遍なく敷かれた、人の住むべき場所じゃないラップランドで、一瞬でも生活したことがある人ならその気持ちを汲んで頂けることだろう。



男の僕は少しましだったのだろう。おばあちゃんはいつも、

「Uuu, kirottu vuodon...」(訳不能)

と、毎夜のようにサウナに駆け込みながら、嘆き、号泣していた。



世界に置いてかなりの幸福度を誇る国なんていうステータスは、忍耐や覚悟を享受した悟りの境地なんかじゃない。期待すらも持てない悲観との融和だ。



この国の人達は、ここに住む限り、なにかに寄り添い凍え死ぬ。



僕が美を求め様々な国を放浪するに当たり、最も滞在時間の長かったのが日本であったのは必然だったと言えよう。


何故ならこの国には四季があり、人々が暖かく、そして心の距離が私達と似ている。



死を近くに感じる。



彼等は無宗教と言いながらも、その根底にあるのは生から逃れる為のルーティーンで、しかもそれらの言い訳として様々な宗教からのいいとこ取りを、何食わぬ顔をして実行しているのだ。


曰く、キリストが死んだ日。曰く、天皇が死んだ日。曰く親族が仏になった日。かと思えば海の日や山の日なんてのは純然たるアニミズム。



あなた達は一体何を信じているんだ。



最初は筆舌し難いショックを受けた。



しかし、無茶苦茶ではあるものの、それは詰まる所、死という悲観との融和なのだ。何処かで孤独を享受しながら、如何に繋がるかを延々と哲学する。



それこそが日本の根底にある心だと感じる。



心は暖かく、身体は遠く。



離れれば、温かみを求め、近付き、溶け合い、そして去ってゆく。



臆病で、繊細で、そして図々しいが、潔い。



その循環にこそ美を見出した僕は同時に、日本の心と北欧に揺蕩う凍結した魂との共通点を見出した。




その象徴がSASHIMIだ。




僕は日本に滞在して一年が過ぎた頃、サバのSASHIMIを食して、アニサキスに当たった経験がある。


死ぬ思いであったが、ここに日本の美の心に目覚めた。


夢の中で、キリストとブッダとバフォメットとクトゥルフがテトラモルフを形成しつつ、永劫へと続く曼荼羅の中、ぐるぐると回り続ける光景が広がる。後にそれは、三日三晩の昏睡状態の中で起きた出来事だったと理解した。



神秘だった。



しかしサバもサーモンも、ノルウェー産が一番だ。


SASHIMIと言う料理法が日本を代表する美味の一つに数えられているにも関わらず、その素材となる魚は、寒い場所で捕れた魚には脂が乗っている為、ノルウェー産しか勝たんと言う強大な自負心ができた。不屈の氷塊に鍛え上げられた100%天然の脂が乗った魚が、日本の養殖魚に負ける筈がないのだ。



まあ僕の祖国はフィンランドなんだけどさ。



北欧だし勝ちでいいよね。



僕の神秘体験は、ノルウェー産のサバとサーモンにより相殺されたのだ。



「サバは日本人でもあんまり生で食べないのよ。人生は女体盛りみたいなもの」



床に伏せる僕の傍らで、当時の彼女である緑が囁く、激励なのか皮肉なのかよくわからない横槍は無視して。



、、、とまあ、ある意味日本での学習を終えた様な気になっていた僕は、ビザランのやりづらさやoksentaaとulosteの入り混じった様な大阪独特のJätevedenの芳香に胸を締め付けられながら、寂しくも清々しいままに、心に点った碧い焔をより強く胸に抱いて、この国を去ろうと決めた。







筈だった。







出国の為の資金繰りと言ってしまっては味気ないが、僕の懐事情や心中燻る思いに寄り添ってくれた様々な人々によって開展するに至った画廊の玄関先に、愛車“Nälkä ja tilaliike(空腹という循環の空間移動)”を停めた所で、何だか不穏な空気を察した。


玄関のドア越しに、うぉおんうぉおん。と、トラバサミに掛かって三日目の犬のような、意図的に同情を促す不細工な慟哭が聞こえてきたからだ。


気付いていないふりを装いつつ、上目遣いで画廊を覗き見ると、身体を打ち震わせて僕の描いた絵に縋りつく山賊の後ろ姿と、僕に気付いていないふりを装い、脱落した前歯ではにかむ滅茶苦茶な髪を頭頂部で結い上げた、サングラスの海賊が店番のおじさんと談笑している姿が目に入った。


僕はそっとNälkä ja tilaliikeのハンドルを握り、踵を返そうとしたが、


「凄い!タイミングばっちりやったやん!」


とか言うガサツな声と共に玄関を開いた海賊が、僕を僕の画廊の中に引き摺り込もうとした。


「Sorry.ワタシ、ニホンゴ、ワカラナイネ」


10年日本に滞在して、殆どペラペラであるが、面倒臭い時に使うこの手の逃げ口上は、


「いやいや前話した時そんな感じじゃなかったやん」


“僕が覚えていない知り合い”と言う、最悪のオブジェクトが付加された上で、完全に否定されてしまった。


そんなやり取りに気付いてしまった山賊が、むさ苦しい髭面を汗と涙と涎と頭巾からはみ出した弱々しい前髪でグシャグシャにしながら、「うーしゅごいー」等と口の端からうめき声を漏らしつつ、よたよたと僕の方に近付いてくるのが確認できた。



彼は、下の歯が脱落していた。


この二人組がフュージョンすることで、漸くちゃんと飯が食えるようになるんだろうか。あ、でも失敗したら逆に歯がなくなるのか。何か不憫だな。


少し面白くなってきたし、片方は知り合い、もう片方は僕の作品に感銘を受けていることを考えることで、僕は少しだけ警戒を解いた。



しかし。



「俺のこと覚えてる?前ライヴで親指立てられてんけど」



それが間違いだった。



「あーあーあー。少し記憶にあるよ。ちょっと先に入ってて」



僕の為に結構な時間を割いてくれてる彼に、誤魔化しの為の言葉を紡ぐのは忍びない物の、この表情には見覚えが無きにしもあらずの筈だ。こんなインパクトのある海賊、絶対に忘れる筈がない。思い出せ。凍結した心を解凍しろ。ああ駄目だ。心が溶けない。僕はなんて駄目なんだ。こんなに僕を思ってやってきてくれた人達に、全く持って気持ちを返すことができない上に、ちょっと彼等を疎んでさえいる。



「いやーあれからSNSで調べて音源も聴いて描いてる絵も見たら、完全にファンになってもーてん。大阪で対バンできる思ったら居ても立っても居られんくなって、ハコより先に画廊によってしまって」


「それは嬉しいよ。嬉しいんだけど、その、ちょっと先に入って待ってて欲しいんだ」


「やっぱ先生は凄い。作品だって、実際見るんと画像で見るんは全然違うな。先ず大きさが違う」


「いや、だから、先に、、、」



なんだこの海賊の圧は。全く引き下がらない。このパーソナルスペース、僕は知らないぞ。ヤバい。日本人はフィンランド人と似た、遠めのパーソナルスペースを持ってるなんて嘘だったのか。



僕の心の悲観との融合は、こう言った人の温かみを拒絶しようとしてしまうために発生する、受け入れる為の苦悩の享受と言う、アンビバレントとしてレリーフされる。



完全なる自己犠牲と言う、憎悪と罪悪のアウフヘーベン。



もう、一つしか、方法が、見えない。



「この絵を描いたのはあなたでしゅかぁ。すごいです。最高です。死にそうです。感動です。天才です。ヤバいです」


「ありがとうございます。先に入ってて」


「今来た所やってんけど、直ぐに先生が来るなんて最高の巡り合わせやわー」


「本当にそうね。あ、先に入ってて」



、、、itsemurhaるか。



等と考えている所で、店番のおじさんが、



「皆さん。お茶が入りましたので、中でゆっくりとどうぞ」



と、おもてなしを装い、最高の合いの手を差し出してくれた。



Idioottiそうな見た目の山賊は見た目以上にIdioottiなようで、店番のおじさんのお茶の一言を追い掛けるように振り返り、のそのそと食料と水分に釣られて這っていく。まさに、kulkukoiraそのものだ。



だが。



「いやー漸く会えたー。また色々聞かせて貰って良いですか先生」



全く僕のそばから離れない笑顔の海賊。


画廊の軒先に停めたNälkä ja tilaliikeを無意味にいじりながら、僕は海賊が画廊に入るまで待つようにゆっくりと何かをする動作を繰り返し、何とかやり過ごそうと足掻いてみる。



「実は俺も色々先生に受けた影響もあって、絵ぇ描いたりしてて」


しかし、僕に必要な、せめて心に平静を取り戻す為の、たった10秒、いや5秒の時間すらも、この男は全く持って与えてくれない。


「音楽やって楽器作って絵まで描いてるのに、そのどれも凄い作品やなぁと、感激してしもうて。だから、どうしてもちゃんと先生と話したくて」


、、、元より。この男に限らず、この国の人々に凍結した心の本質など、分かるべくも無いのだ。


「ここに来た理由って、勿論先生に会いたいってのもあんねんけど、実は今日のイベントで対バンが決まってるから、その挨拶も兼ねてと思っててん」



そう、人は孤独だ。孤独と言う闇に光を齎すものはたった二つだけ。



始まりと、終わり。



だから僕は、鞄の中に終わりの鍵を、常にしたためている。



僕の後方でなにかくっちゃべる海賊の言葉は、もう僕の耳には届かない。



itsemurhaろう。



「Herranjumala. Anteeksi, etten elä elämääni täysillä ja valitsin kuoleman, joka on täynnä tunteita. Aamen.(ああ、神様。生を全うできず、感激に満ちた死を選ぶことを許し給え。アーメン。)」



「てもええと思ってて、、、え。先生。なんか言いました」



僕は、常にレターバッグの底に沈めている終わりの鍵を握り締め、あのルーテル協会のテトラモルフを思い浮かべる。



全ては生と死の循環の中に。



そして覚悟を決めると、それを取り出し、天に掲げた。



「あっ。先生。彫刻刀でなにを」



「君たちの感動に応える為には、もうこれしかないんだぁああぁぁ!」



最後の鍵は循環の象徴である心臓と言う名の扉へ。



「ちょちょちょっと待て!おい廃漢!」


「ふごっ!?」


海賊の言葉。菓子を吹き出す山賊。倒れるNälkä ja tilaliike。午後の日差し。閃く鍵。白い画廊。僕の遺作。滴る水滴。永遠の刹那。ソースとJätevedenの匂いのブレンド。見つからない王将。辿り着くことのない5ルート。逡巡。寂莫。忘我。激情。充足。間隙。躊躇。再沸。溢水。決心。静寂。循環。全てが凍結した世界の中、ならず者二人を信じられない速さで突き飛ばす店番のおじさんだけが、僕の背後に回りこ












「悪気なかってんけどなぁ」


様々な神が描かれた曼荼羅の向こう、くぐもったような男の声が、微かに僕の耳を擽る。


「申し訳ない、惨怒さん。先生は偶にああなってしまうんです」
 

これは店番のおじさんの声。


「いや、おっさんヤバいっすね。くっそ速かったし、先生のこと一瞬で絞め落とすなんてエグいっすよマジで」


この声はkulkukoiraの



薄っすらとした頭痛と霞がかった曼荼羅の扉を抉じ開けた僕の視界には、僕の作品に取り囲まれた、ならず者二人と店番のおじさんが、紙コップを片手に談笑している姿が、ぼんやりと浮かび上がって、白く滲んでいた。



ああ、僕はまたやってしまったのか、、、。



「あ、先生。目覚めましたか。申し訳ない、手荒な真似を」 


「いや、良いんだよrakas sinä。ありがとう、助かった。いつもごめんよ」


「あ、先生。起きてくれた。良かったー。ほんますんません」


「こちらこそこんなことになって申し訳ない。実は、なんというか、僕は君のことを、、、」


「もうええですって。それより俺金ないけど、先生の作品絶対に欲しいと思っててん。これ絶対お得やわ。悪いけどこれだけは買うな」


「あっ。僕も買っていきます。もう一冊あるぜ。やった」


「なんか、、、ありがとうございます」


「いや廃漢お前わきまえろや。俺が先に先生を知ったんやぞ。お前なんかついてきただけやんか」


「僕だって欲しいですもん。来たからには何か買おうと思ってたし」


「お前そんな気持ちで先生の作品に手ぇつけんなやぁ」


「惨怒だってこんな時に先輩風吹かすのどうかと思いますよ」


「いやお前なぁ。俺以上になんかやってからそれ言えや。俺や毎日修行ぞ」


サンドとハイカン。二人のならず者は、非常に子供っぽい言い合いをしながら、小冊子に纏めた最後の2冊の作品集を買い占めた。

できることなら一冊ぐらいは置いておいてほしかったんだが、まあいいか。




山賊、、、ハイカンはひたすら泣きながら、私の作品を褒めちぎった。いや嬉しいんだが、顔面から迸る様々な体液で作品が汚れないか、正直ちょっと心配だった。


海賊、、、サンドは、以前尼崎のハコで対バンしたことや、それから以降私の足跡をSNSで追っていたこと、その時のエゴサーチで何も引っ掛からなかったこと、出国してもまた戻ってきて欲しい気持ちなどと、聞くには追い付かない勢いで捲し立てた。



苦笑いで受け答えする僕を見かねた店番のおじさんが、3人での記念撮影をならず者二人に薦めてくれたことで、漸く締めとなった。



「ありがとうございました!またこちらに来る時は是非立ち寄らせてもらいます!今晩、宜しくお願いします!」



ハイカンは店番のおじさんが提案した通りの構図で写真を収め、満足そうだった。


「今日は宜しくお願いします先生。対バン楽しみにしてます」


そんなハイカンとは対象的に静かな物腰のサンドは、力の籠もった眼差しで僕を見つめながらそう言う。一礼して画廊を後にする二人を見送る僕は、



itsemurhaらずに済んで、良かった。



と、胸を撫で下ろすのだった。



あのならず者が今日の演者なのか。


なんだかどっと疲れたけど、悪くないな。


気合い入れ直す為に、一度帰って寝よう。


、、、とその前に、久しぶりに、少しだけ緑の顔でも見に行こうかな。

今なら伝えることができるかもしれない。


確かに人生は女体盛りの様に、無駄に豪勢に装飾された、食欲と性欲の残骸の様な物なのかも知れないね。少なくとも、君にとってはそうなんだろう。


と、包み隠さない、僕の本心を。


僕は店番のおじさんが差し出してくれた冷えたお茶を一息に飲み干すと、Nälkä ja tilaliikeに飛び乗り、緑の住むマンションを目指し、空腹の循環による空間移動を開始するのだった。






、、、to be continue

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