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【掌編小説】堕ちる

「平凡」という言葉が嫌いだ。

父は公務員、母は専業主婦、そして二つ違いの兄は会社員。これと言った何の特徴も無い四人家族。贅沢はさせてもらえなかったが、子供の頃から必要な物は、一通り買い与えてくれるような中流家庭で育った。特にグレる事も無く、色んな事をそつなくこなすが、これと言って秀でたものが無く、飛びぬけて運動や勉強ができる同級生や、普通という枠から外れた華やかな芸能人が羨ましかった。

大学進学と同時に一人暮らしをさせてもらえたが、卒業してからも家には戻らなかった。何か自分には才能があるはずだ、ビックリするような力を発揮できる仕事があるはずだ、そんな自分探しをしながらアルバイトでギリギリ生計を立てていた。

ある日、アルバイト先の人間関係がこじれ、その日のうちに仕事を辞めてしまった。これまでずっと常識的という枠の中で生きてきた自分が、初めてとった非常識な行動だった。出来る事ならば、長く働いていたかった。でも、我慢してまでしがみつく価値を見出せなかった。

その後も仕事を転々としながら、終わりの見えない自分探しが続いた。自由になりたいはずだったのに、「自分探し」という鎖で雁字がらめであった。限界だった。何が限界かは分からないが、もう無理だった。大きくパンパンに膨れ上がった何かが、爆発しそうだった。


「堕ちていきたい」


いつしかこんな事を思うようになった。堕ちて普通じゃない人になりたかった。火の中に飛び込み、自分をこれでもかと痛めつけ、堕ちていく自分に嫌悪する。

酒に溺れようが、快楽に溺れようが、何ら変わらない明るい朝の光に嫌気が差した。

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