西武3

西武・そごうの正月広告と、広告の力を信じるということ

西武・そごうがもう一度、個性的な百貨店になるには?

これは、西武・そごうの広告を制作した広告会社・フロンテッジのWEBサイトに掲載されていた、西武・そごうのコーポレート・メッセージ「わたしは、私。」を制作した意図について書かれた文章の一文である。わたしが西武・そごうの広告について考察を進める中で、大きな気付きを得た一文だ。

西武・そごうの広告について、わたしが感じたこと。それは、西武・そごうが、広告の力を心の底から信じている、ということだった。

2020年の「わたしは、私。」

2020年、正月。ひとつの広告が大きな話題となった。西武・そごうの広告「わたしは、私。」だ。

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コピーを上から下に読んだあと、逆に下から上に読むと、まったく正反対の意味になるという仕掛けだ。「さ、ひっくり返そう。」というメッセージを、コピーの仕掛けで表現したこの広告は大きな話題となり、取材した記事は6万いいねを超えている。

制作を担当したのは、広告会社のフロンテッジ。企画意図をこのように書いている。

MISSION
行動の起爆剤になるものを
百貨店の苦境が伝えられた2019年。西武・そごうも、例外ではありませんでした。それでも、行動すること。未来を信じて、一歩踏み出すこと。求められたのは、行動の起爆剤となるようなコミュニケーションでした。

IDEA
企業理念があって、言葉が生まれる
クライアントには、「想像以上の提案で、お客様に発見を。」という明確な企業理念と、2017年から継続して訴求してきた「わたしは、私。」というコーポレート・メッセージが存在します。逆境の今、こうした意志を表現の核に据える中で、「さ、ひっくり返そう。」という言葉は生まれ、逆読みすると意味が反転するコピーを制作してゆきました。炎鵬関が、思いの伝わるスピードを加速させてくれたことは、言うまでもありません。

RESULT
反響が、次の一歩への勇気になる
クライアントとチームになって、いま百貨店が抱えている大きな課題と向き合いつづけた今回のコミュニケーションは、「わたしは、私。」のシリーズ中、最大の反響をいただくことができました。元日に出稿した新聞は、SNSで多くの方がシェアしてくださり、さまざまな感想、議論が広がっています。動画は公開から10日間で61万回を突破。WEBメディア、TV、ラジオなどでも数多く紹介されました。
西武・そごう「わたしは、私。」2020 炎鵬の逆転劇より引用)

このコメントからも、企画した意図と近い形で世の中に受け入れられ、大きな反響があったことがうかがえる。

逆から読むというアイデアの秀逸さで広く世の中に受け入れられたこの広告だが、わたしの第一印象はすこし違っていた。

わたしがこの広告を目にした時、真っ先に頭に思い浮かんだもの。それは、一年前批判を受けた西武・そごうの広告だった。

2019年の「わたしは、私。」

2019年、正月。ひとつの広告が大きな話題となった。西武・そごうの広告「わたしは、私。」だ。

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この国における女性の生きづらさを綴ったコピーと、女優・安藤サクラの顔にパイを投げつける刺激的なビジュアルで、賛否含め多くの意見が集まった。西武・そごうの広報は、ある取材でこう答えている。

弊社は2017年より『わたしは、私。』というメッセージ広告を発信しており、そこには、同質化圧力から脱却し、私らしく生きることを応援させていただきたいという意味を込めています。今回のメッセージも、同様の考えに基づいています。さまざま制約の下でも、ご自分らしさを全うするために奮闘される女性や、それに共感するすべての方々を応援していきたいというメッセージを込めて発信させていただきました。『わたしらしさ』を貫くために、立ち向かう女性を、演出上の『たとえ』としてパイ投げで表現しましたが、これについて、ご不快な思いをされた方については、心よりお詫びを申し上げたく存じます。
議論呼んだ「女性にパイ投げ」広告の真意より引用)

2020年の西武・そごうの広告を見てまずわたしが驚いたのは、2019年にこのようなことが起こったにもかかわらず、2020年も広告「わたしは、私。」を継続したことだった

日本企業は、得てして減点法であることが多い。大きな成果を残すよりも、失敗しないほうが評価される世の中だ。特に炎上には敏感で、テレビCMが批判を浴びて、あっという間にオンエア中止になることも少なくはない。今回のシリーズも、2019年で打ち切りになる可能性もあっただろうと思う。

しかし、西武・そごうは違った。2020年も同じ「わたしは、私。」というコーポレート・メッセージで、新しく広告を世に出したのだ。これは、広告をするうえで本当に大切なことを、西武・そごうが理解しているからなのではないかと思う。それは、ブランドは継続からしか生まれない、ということだ。たった数か月の販促キャンペーンを、コピーやビジュアルを変えて何度繰り返したところで、短期的な売り上げは上がっても、いつまでたってもブランドは生まれない。広告は継続することにこそ価値があるのだ。

2020年も変わらずに広告を世に出したこと、そしてそのメッセージが、「さ、ひっくり返そう。」だったことも含めて、わたしは西武・そごうの広告に対する強い覚悟を感じたのだった。

西武・そごうの「もう一度」

この記事を書くにあたり、わたしがまずしたのは、過去の「わたしは、私。」シリーズの広告について調べることだった。このシリーズは、2017年からはじまったものだ。前述のとおり、制作は広告会社であるフロンテッジが手掛けていて、フロンテッジのサイトには広告の企画意図が掲載されている。そこで出会ったのが、冒頭にも書いた次の言葉だ。

百貨店、氷河期の時代。いま、百貨店は人々に必要とされているでしょうか。好きなものも、似合う色も、生きてきた人生も、一人ひとり違うお客さまに、百貨店は応えているでしょうか。この仕事は、広告を作ることよりも、課題解決の道筋をつくることをクライアントと考えつづける仕事でした。西武・そごうがもう一度、個性的な百貨店になるには?ここにしかない発見や歓びのある百貨店になるには?
西武・そごう「わたしは、私。」より引用)

この文のある単語を読んで、わたしはハッとした。

「もう一度」

そうだ。西武と広告と言えば、コピーライターなら真っ先に思い浮かべるものがある。1980年代に糸井重里氏が手掛けた西武の広告だ

1980年代の西武の広告と糸井重里

日本の広告の歴史を語るうえで、糸井重里氏がコピーを手掛けた1980年代の西武の広告は絶対にはずせないだろう。

じぶん、新発見。

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不思議、大好き。

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おいしい生活。

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広告がカルチャーの中心であり、その中心が西武の広告だった時代だ。1980年代に手掛けた西武の広告について、糸井重里氏は当時の状況についてこう語っている。

デパート業界の中では、西武は何を騒いでいるんだ、みたいに見えていたんだと思いますけど、大衆のレベルではもう互角に見えていたと思います。かつては三越、高島屋みたいなところが上で、そして伊勢丹もあるなかで、西武なんかはと言われていたけれど、もう当時であれば、若い人は西武の方が上だと思っていたかもしれない。それはやっぱり広告と様々なプロデュース力ですよね。
糸井重里は「堤清二さんのまねをしてきた」より引用)

冒頭の「もう一度」というのは、まさにこの時代の西武のように、今の西武・そごうを広告の力で変えていきたい、ということなのではないだろうか。

そして、1980年代の広告を並べてみて、改めてこう思う。

西武・そごうは、きっと広告の力を心の底から信じているのだ。

広告の力を信じているから、批判を受けた翌年に、継続して広告を出すことができた。しかもそれが、圧倒的な好意を持って受け入れられた。これこそがまさに、西武・そごうに脈々と受け継がれてきた、ブランドそのものなのではないだろうか。

2021年の西武・そごうは、いったいどんな広告でわたしたちを驚かせてくれるのか。今から楽しみにしていたいと思う。

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