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三浦豪太の探検学校

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冒険心や探究心溢れる三浦豪太が世の中について語った日本経済新聞の連載記事「三浦豪太の探検学校」(2019年3月に最終章)の、リバイバル版。わずか11歳でキリマンジャロを登頂。フリ…
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2021年10月の記事一覧

山でしか鍛えられない

2012年8月18日日経新聞夕刊に掲載されたものです。  メダルラッシュのロンドン五輪が開幕したとき、父、雄一郎と僕は剣岳の剣沢雪渓の麓にある真砂沢小屋にいた。来年のエベレスト攻略に必要なクライミング技術と体力を改めて磨きなおす為である。  立山、剣岳周辺は父がまだ20代の頃、重い荷物を担ぎひたすらボッカ(強力)として体を鍛えた場所だ。その後、父は世界の山々にスキーを担いで登り滑ったのだが、それを支えた体力は立山で作られた。いわば原点ともいえる場所だ。  富山県には世界的

登山の醍醐味

2012年7月21日日経新聞夕刊に掲載されたものです。  先日、今年5月に7度目のエベレスト登頂を果たした村口徳行さんと話をする機会を得た。村口さんは開口一番「豪太、今のチョモランマ(チベット側のエベレスト)は相当大変だぞ」から始まった。  村口さんは優れた登山家であり、また名カメラマンでもある。綿密に登山戦略を練り、隊の能力を客観的に把握し、シェルパと密接なコミュニケーションをとり、柔軟に状況に対応しながら登山をする。  その彼が「相当大変だ」ということはそれ相応の覚悟を

スポーツ遺伝子

2012年7月7日日経新聞夕刊に掲載されたものです。  ほぼ毎年のように春にはエベレストベースキャンプ(5364㍍)からナムチェバザール(3446㍍)にむけて、42.195キロに設定されたコースを下る「エベレストマラソン」が開催される。最も高所で行われるこのマラソンの上位入賞者はほとんどが地元のシェルパ族で3時間28分というのが現在の最高記録だ。  通常はエベレストベースキャンプからナムチェバザールまで早くても2日間かかる行程。最もシェルパ族に迫ったのは、日本人のトレイルラ

小さな発見 小さな感動

2012年6月30日日経新聞夕刊に掲載されたものです。  最近、息子の幼稚園ではいろいろな小さな生き物を集めて飼っている。特に彼のお気に入りはダンゴムシで、先日も一緒に通園途中、ダンゴムシを捕まえるのに夢中になり、入園時間に遅れてしまった。  幼稚園の取り組みが功を奏したのか、これまでオモチャの車以外、あまり興味を示さなかった息子もだんだん自然へ目を向け始めるようになった。  アンチエイジングキャンプの下見のため札幌市にある藻岩山に登ることになったので、妻と息子を連れて行

北極圏に新航路出現?

2012年6月16日日経新聞夕刊に掲載されたものです。  僕が12歳の時、父とアラスカのアンカレッジから約1000キロの北極圏プルドーベイまで車の旅に出たことがある。延々と続く雪原の中、吹雪に見舞われながら目的地に着いた。記念に北極に向かって裸で氷原を走った強烈な思い出がある。  しかし、こうした体験のウソのような過去になろうとしている。先月、ウッズホール海洋研究所名誉教授である本庄丕(すすむ)先生が日本に来た際、現在の温暖化の状況について話を聞いた。  地球の温暖化は極

科学者としての心得

2012年6月9日日経新聞夕刊に掲載したものです。  先月、僕の博士号のお祝いに多くの友人達が集まってくれた。その中に、米国から駆けつけてくれた米ウッズホール海洋研究所名誉教授、本庄丕(すすむ)氏もいた。本庄先生と父は北大時代からの親友であり、僕も幼いころから懇意にさせていただいている。改めて研究者としての入口に立った僕にとって本庄先生は雲の上の存在の科学者なのだ。  彼の主な研究成果は海上での二酸化炭素の動きで、その一つが、1世紀以上にわたる科学研究の大きな課題――光の

エベレストに向けて

2012年6月23日日経新聞夕刊に掲載されたものです。  来年予定しているエベレスト(チョモランマ)登頂計画について先日、三浦雄一郎を中心にミーティングを行った。スケジュール、人員、体制等を話し合っているうちに1年後に迫ったエベレスト登頂が、現実味を帯びてきた。  遠征の始まりは道具の点検からと考え、2008年のエベレスト遠征に使ったテント、寝袋、コッフェル、ガスコンロ等の装備を確認することにした。スタッフを招集、梅雨の晴れ間を利用して、これまで倉庫に眠っていた大量の登山

視覚障害者と山登り

2012年6月2日日経新聞夕刊に掲載されたものです。  昨年、「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」と言う完全な暗闇の中を視覚障害者の方をガイドに歩くイベントに参加した。暗闇は恐ろしいという先入観があったが、視覚以外の五感が研ぎ澄まされ、ガイドの言葉に不思議な安堵感を感じた体験となった。  この時のお礼に、ぜひ一度ガイドの方たちを山に案内したいと思い、先週実現した。気軽に誘ってみたものの、これまで視覚障害の人を連れて山に登ったことなどなかった。どの程度歩けるのか想像もつかなかっ

世界一ぜいたくな景色

2012年5月19日日経新聞夕刊に掲載されたものです。  ヒマラヤ山中、標高3880㍍地点に40年前に建設されたその名も「ホテル・エベレスト・ビュー」からは、夕方、周りの山々に影が落ちてもエベレストだけが最後まで赤く染まっているのが見える。手前のローツェとヌプツェの稜線の奥に位置するエベレストは遠近法で低く感じるが、最後まで夕焼けに照らされていることが世界一の高さの何よりの証拠なのだ。  全ての部屋から眺められるエベレストは、刻々と表情を変える。ここではテレビもインターネ

信仰と技術 混然一体

2012年5月12日日経新聞夕刊に掲載されたものです。  今年もガイドとして友人たちとエベレスト街道を歩いた。過去15年にわたり、遠征やガイドで何度も通った道だが、今回驚いたのは携帯電話が使えるだけでなく、エベレストのベースキャンプまでスマートフォンの3Gがつながるようになったことだ。  なんとも不思議な光景を見る。道中、シェルパの少女が乾かして燃料にするヤック(牛)のフンを籠いっぱい拾い終えた後、木陰でボーイフレンドと楽しそうに携帯電話で話している。またフェイスブックに現

心ときめくヘリスキー

2012年4月28日日経新聞夕刊掲載されたものです。  激しいローターの轟音、浮かび上がるヘリコプターを見上げるとプロペラの爆風によってつぶてのごとく雪が顔に当たる。刹那、ヘリコプターは獲物を見つけた猛禽類のように山陰へとダイブし、僕らを取り残して遠ざかった。目の前には静寂に包まれたはるか地平線まで続く白い山々が広がっていた。  4月中旬、カナダのブリティッシュコロンビア州の北部と米国アラスカの国境付近に広がる山脈地帯、その名も「ラストフロンティア」(最後の未開拓地)でヘ

ドレミリーダーの音色

2012年4月21日日経新聞夕刊に掲載されたものです。  先日、僕らの友人である市川高嶺さんの「市川高嶺&ポーランド・シレジア・フィルハーモニー管弦楽団」コンサートを東京・八王子市芸術文化会館に聞きにいった。  彼女は桐朋学園大学研究科修了後、パリ・エコールノルマル音楽院に留学。マドレーヌ・ドゥ・ヴァルマレート・ピアノコンクール1位、UFAM国際音楽コンクール室内楽部門1位など国際的にも輝かしい成績を収めている。  しかし、こうした文化的な一面を僕たちの前で見せることはめ