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視覚障害者と山登り

2012年6月2日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 昨年、「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」と言う完全な暗闇の中を視覚障害者の方をガイドに歩くイベントに参加した。暗闇は恐ろしいという先入観があったが、視覚以外の五感が研ぎ澄まされ、ガイドの言葉に不思議な安堵感を感じた体験となった。

 この時のお礼に、ぜひ一度ガイドの方たちを山に案内したいと思い、先週実現した。気軽に誘ってみたものの、これまで視覚障害の人を連れて山に登ったことなどなかった。どの程度歩けるのか想像もつかなかったので、事前の下見も周到に行った。
 下見では彼等の身になって実際に目をつぶって歩いてみた。すると小さな根っこでさえも脅威になる。また両脇が落ち込んでいるような狭い道を歩くと怖くて一歩も足が前に出なかった。
 これは大変なことに誘ってしまったと思い、避難ルートを用意し、数パターンのプランを立て、それぞれに人員も配備して、その日を迎えた。

 場所は僕らがよく登る神奈川・逗子近隣の山ではあるが、ポピュラーな登山道でもなく十分に整っているとは言いがたい。前日の雨でぬかるんでいた。
 しかし、僕の心配をよそに、トレイルに入ると視覚障害者たちはサポートに手を引かれ、もう一方の手に持っている白い杖をまるで触覚のように繰りながらスタスタと登っていく。心配していた根っこもまるでそれが見えているように超えていき、高い段差も正確に足を上げる。滑りやすい泥や粘土岩なども絶妙なバランスを保ちながら抜けていった。
 そして「木のざわめきがすがすがしい」「小鳥のさえずりが聞こえますが何の鳥ですか」と山の中の空気を目いっぱい吸って楽しんでいた。結局、用意していた避難ルートは一切使わず、6㌔ほどの山道と3㌔の道路を歩き切り、最後はゴールの海岸に当初想定していた健常者用のタイムより30分以上も早く無事到着した。彼らの歩き振りに僕は知らず知らずのうちにペースが速くなっていたようだ。

 五感の中で視覚情報は83%にも及ぶ(産業教育機器システム便覧)という。視覚情報のない彼らが、不規則な山道をサポートの動き、声がけ、そして白つえの情報をもとに健常者と変わらなく歩いたのは驚きだった。
 逗子の浜辺でバーベキューを食べながら「次の目標」を聞くと「富士山に登りたい」と話していた。きっと近い将来実現するだろう。

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