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科学者としての心得

2012年6月9日日経新聞夕刊に掲載したものです。

 先月、僕の博士号のお祝いに多くの友人達が集まってくれた。その中に、米国から駆けつけてくれた米ウッズホール海洋研究所名誉教授、本庄丕(すすむ)氏もいた。本庄先生と父は北大時代からの親友であり、僕も幼いころから懇意にさせていただいている。改めて研究者としての入口に立った僕にとって本庄先生は雲の上の存在の科学者なのだ。

 彼の主な研究成果は海上での二酸化炭素の動きで、その一つが、1世紀以上にわたる科学研究の大きな課題――光の届かない、従って光合成が起こりえない深海底に生息する生物はどうして生存、生殖を続けられるのか、という基礎的な疑問の解決だ。 
 彼は大気中の二酸化炭素が海の生物に取り込まれ、その遺骸が深海に沈み海底で固定される「生物ポンプ」と言われる仕組みを数値的に解明した。このシステムは地球温暖化の将来予想に不可欠な要素で世界中が注目している。

 さらにサンプルを観察するとそれまで考えられないほどの量と種類の生物が見つかった。これらのほとんどは未確認の生物で、その多くはDNA(遺伝物質)を保護する核のないプロカリオート(原核生物)と呼ばれる原始的な構造を持った生物である。
 プロカリオートが密集している海底の土壌では突然変異が起こりやすく、次々と新種を生み出す。新種はあらゆる環境に進出し、淘汰または適応することになる。こうした現象は生命の起源から今日まで世界中の海で起きていると考えられる。これらが環境に及ぼす影響や自然界でどのような役割を担っているのか、まだまだわからないことが多いという。
 本庄先生は「新しいことを発見する以上に多くの未知の扉を見つけることになる」と言う。

 僕自身の研究についても考えてみた。高度順化に優位に働くであろうと思われるHO-1と言う酵素が高所登山家に多く含まれていた。しかし、これは高所登山家のみならず低酸素環境になりやすいがん組織内にも多かったり、HO-1の血管拡張のメカニズムが肺高血圧症の治療に関係していたりする。基礎研究はすぐに役に立つものばかりでない。しかし応用は幅広く人類の識見を深めることになる。
 本庄先生は「そのために科学者は研究を続ける責任がある」と言われた。博士号の門出に研究者としての大切な心得を頂いた。

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