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信仰と技術 混然一体

2012年5月12日日経新聞夕刊に掲載されたものです。

 今年もガイドとして友人たちとエベレスト街道を歩いた。過去15年にわたり、遠征やガイドで何度も通った道だが、今回驚いたのは携帯電話が使えるだけでなく、エベレストのベースキャンプまでスマートフォンの3Gがつながるようになったことだ。
 なんとも不思議な光景を見る。道中、シェルパの少女が乾かして燃料にするヤック(牛)のフンを籠いっぱい拾い終えた後、木陰でボーイフレンドと楽しそうに携帯電話で話している。またフェイスブックに現状をアップするシェルパ達もいる。

 世界中からエベレスト街道を目指してくる僕らのようなトレッカーや登山家の存在が、この通信網発展の背景にあり、通信回線の他にもシェルパの里(ナムチェバザール)では建設ラッシュが進んでいる。山間の飛行場であるルクラから2日間かけて歩いて着いた先に一流ホテル並みの宿がたっているから驚きだ。僕らが定宿にしている伝説的サーダー(シェルパ頭)のラクパ・テンジンさんが経営するサクラロッジもこうした時流に逆らえず現在リニューアル中で、なんと各部屋にバスルームが付くらしい。

 しかし、こうした近代化が進んでいる一方で、現代のミステリーとも言えるような話もある。今回トレッキングしているとき、大規模な土砂崩れの現場を通った。この土砂崩れに関して友人のシェルパ、ダヌルが「ここは以前、赤い大蛇が住んでいて、毎日、山から谷間に下りて水を飲んでいた。でも近隣の住人がその大蛇を怖がって殺してしまった。この崩落はその蛇が死んでから8時間後に起きたよ」蛇はヒンズー教では水神様の化身で、崩落はそのたたりだと言う。数ヶ月前の話だ。

 ここは伝統と近代化、宗教信仰とテクノロジーが混然一体となっている。僕たちが遠征するとき、双方に配慮しながら臨機応変に従う。荷物をベースキャンプに運ぶ際、ヤックを使うか最新鋭のヘリコプターを使うか悩み、山頂アタックの日取りはラマカレンダー(チベット仏教の縁起のよい日)に従うか、人工衛星写真によるかを選ばなければならない。
 ヒマラヤの山奥にも近代化の大きな流れは入り込む。でもシェルパのすごいところは伝統や信仰を大切にしながらも新しい技術をしたたかに取り入れる柔軟性だろう。その姿に学ぶところは多い。僕らも心を失わずにテクノロジーと向き合うべきなのだ。

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