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差別や偏見が救けとなる皮肉〜『ザリガニの鳴くところ』読書感想文



2019、2020年にアメリカで最も売れた本。2021年本屋大賞・翻訳小説部門第一位。そして今年映画化された。

ザリガニの鳴くところ/ディーリア・オーエンズ

ノース・カロライナ州の湿地で男の死体が発見された。人々は「湿地の少女」に疑いの目を向ける。6歳で家族に見捨てられたときから、カイアは湿地の小屋でたったひとり生きなければならなかった。読み書きを教えてくれた少年テイトに恋心を抱くが、彼は大学進学のため彼女のもとを去ってゆく。以来、村の人々に「湿地の少女」と呼ばれ蔑まれながらも、彼女は生き物が自然のままに生きる「ザリガニの鳴くところ」へと思いをはせて静かに暮らしていた。しかしあるとき、村の裕福な青年チェイスが彼女に近づく…みずみずしい自然に抱かれて生きる少女の成長と不審死事件が絡み合い、思いもよらぬ結末へと物語が動き出す。全米500万部突破、感動と驚愕のベストセラー。

置き去りにされた子どもの話というと、私は一番に『誰も知らない』を思い出す。あの子どもたちと本作の“湿地の少女”=カイアとの違いは、カイアは一人で生きる術を知っていたというところだ。わざわざ教えられなくてもずっと見てきて肌で感じて、「こういう時はこうする」みたいなことを感覚で覚えていた。とはいえ当時わずか6歳。何が怖いって、それは夜だ。そもそもひと気のない湿地帯、家はおんぼろだし、暗くて淋しい夜。動物も怖いし、人間も怖い。いつか母親が帰って来てくれると信じている健気な少女。
救いの手を差し伸べようとしてくれた人もいるにはいた。だけど湿地帯でしか生きていけない少女は、その手を振り払って湿地に逃げ帰った。

湿地帯、って普通に書いてしまってるけど、まず湿地帯自体がイメージ出来ない。ジメジメしたところ?でも意外にも生き物が沢山棲息していて、実は食べる物には困らない。ただ、何処へ行くのも陸路ではなく船。少女が一人で船を操縦して買い物に行ったり船の燃料を買ったり。なんとたくましいことか。そんな少女のことを街の人たちは良く思っていない。それは時に差別的な態度や言葉で少女を傷つける。人づてに聞いたごく少ない情報だけで勝手な物語を構築しては距離をとるのだった。環境が人の成長に影響するとすれば確かにカイアは良い環境で育ったとは言えない。人とは変わっているのは当たり前と思える。だけど、だからと言って彼女が人としてまともではないというのは違う。その思い込みが彼女を卑屈にさせ、また彼女を助けることになるのはとても皮肉なことだと思った。今までカイアのことを見て見ぬふりをしてきた人たち、その罪悪感のようなものが人々の中に芽生えていく。


あの子ならやりそう
あの子ならこう考えそう
あの子ならきっとそう


ふと自分を見返る。私もそういう仮定の話をいかにも事実のように話したりしてなかったか。自分とは違うということに対して受け入れることが難しい時はなかったか。カイアは、誰にでもある偏見の象徴だったように思えてくる。
救いだったのは、誰から教えられなくても絵を描いたり観察眼を持っていたこと。そのことが大人になってなお“湿地の少女”と呼ばれ蔑まれ続けていたカイアの生活を助けることになった。カイアの書いた本を見てみたいと思った。そこには自然を愛し自然を友として生きてきたカイアならではの気付きが沢山載っているはず。絵も絶対可愛いはず。映画を観ればもしかしたら小道具の一つとしてちょこっとでも出てくるのかも知れない。動物の求愛行動を例に人間の恋愛について語られてたり、アメリカの人種差別や格差を自然の生態系に例えていたりする本、すごく興味ある。
作者のディーリア・オーエンズ氏は動物学者。カイアが書いたような、自然や動物の生態観察の本を書いている。本作は世界中で刊行されたが、その中で日本版の表紙が、あたたかみがあって一番のお気に入りだそうだ。なんか嬉しい。



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