マガジンのカバー画像

甘野充のお気に入り

308
僕が気に入ったnoterさんの記事を集めます。
運営しているクリエイター

#短編小説

夢の配役(短編小説;9,600文字)

悪夢から逃れたい、最初はその願いだけだったけれど……。  暗闇の中を、俺はずっと走り続けていた。ひたすら走り、逃げていた。何から? ── わからない。何かおどろおどろしいものだ。俺を喰い殺そうと追いかけてくる。速力を緩めると、そいつはすぐ追いついてきて、耳の後ろに生臭い息を吐きかけてくる。  もうだめだ。心臓が破れそうだった。立ち止まろうとしたとたん、強く腕をつかまれた。 「うわわわわっ!」  ふりほどこうと、腕を振った ── そこで、目が覚めた。 「どうしたのよ? ……

有料
100

【ピリカ文庫】『眠れない四月の夜に』

イントロ 真夜中の電話は、リオンからだった。 「前によく行ったあの映画館で例の映画がかかるみたいよ。見に行かない?」 年に数回、忘れたころにかかってくる電話。リオンと僕を繋いでいるものは、今はもうそれだけになった。 「悪いけど先約があってさ。ごめん」 いつも週末は散々暇を持て余しているくせに、予定が被る偶然を嘆く現実も時にはやってくるのだ。 次に彼女が僕に電話する気になるとしたら、たぶん半年は先になるだろう。 - K(ケイ) - BGM:中央線(矢野顕子、小田

映画と車が紡ぐ世界chapter131

インセプション フォルクスワーゲン カルマンギア 1960年式 Inception Volkswagen Karmann Ghia 1960 カルマンギアを見たカノジョは  ようやくニコリと微笑んだ・・・ 休日出勤・・・そして 毎日続く残業の中 奇跡的にポカリと空いた一日 久しぶりのデートだったのに  ヒュプノスに慕われた僕は  フワリとした霞がかかった 夢の中を彷徨っていた 永遠に続きそうな深淵の森が 優しく僕を抱きしめる あぁ ずっとここに居たい・・・ そう思った瞬間

掌編小説 | わたしの石

 小さな船の冷たい床に寝転がり、空に浮かぶ男の人を見ていた。  わたしは船に乗せている大きな石が、片方の足を潰してしまっていることも忘れて、スーツを着ているその人を目で追っていた。彼はサラリーマンなのかな、なんてのんきに思っていた。わたしの目に映るのは、青い空、白い雲、そしてサラリーマンだった。 いつだったか、わたしはこの船に乗り込んだ。着の身着のまま、後先を考えずに、この小船に身を隠すようにして海へ出た。 小船を漕いでいくためのオールはなく、あるのはわたし

鶏小屋の夫

短編小説 ◇◇◇  夫が激しく私を求めてくる日は、決まって夫が鶏小屋に行った後のようだ。  確かめなければならない。  私は今朝産んだ卵を取りに行くふりをして、母屋の近くに建ててある鶏小屋へ向かった。私はこれまで一度も中に入ったことはなかった。鳥類独特の臭いが苦手なことと、ニワトリの予測不能な動作が怖くて、飼育はすべて夫に任せていたからだ。  私は何を確かめようとしているのか。それは夫の性欲の根源である。普段の夫は、優しく私を愛撫してくれる。この上なく柔らかな接吻を

【短編小説】春風のコンビニ

「いらっしゃいませ!」  さわやかな朝の店内に、美沙子の明るい声が響く。    ここは町外れのコンビニ。 美沙子は9ヶ月の大きなお腹を抱え、化粧品の棚に新製品を並べていた。 「あ!」    腰をかがめた瞬間、美沙子は小さく声をあげた。そしてゆったり微笑むと 「大丈夫! ママ無理しないよ」    そう言って、はちきれそうなお腹の中で元気に動き回る赤ちゃんを、そっと両手で撫でてやった。 (いい天気!)    フウッと背筋を伸ばし、美沙子は窓の外に目を向けた。  時折の強い春

映画と車が紡ぐ世界chapter124

P.S. アイラヴユー フォルクスワーゲン ビートル タイプ1 1976年式 P.S. I Love You Volkswagen Beetle Type1 1976 高校1年のとき ポニーテールの先輩に恋をした テニス部の花型だった彼女と どうしたら 付き合うことができるのか 僕はクラスメートのアイツにアドバイスをもらった ♪ P.S. I Love You - Nellie McKay ♪ 「先輩は ポニーテールで有名だけど  あれは テニスのためで ホントはストレ

映画と車が紡ぐ世界chapter126

LIFE!/ライフ イスズ ピアッツァ JR120系 1994年式 The Secret Life of Walter Mitty Isuzu Piazza JR120 1994 一通の手紙が僕の下に届いた メッセージも名もない 本州最北端 大間崎の写真 石川啄木の歌碑に映り込む 二つの人影・・・ しかし 僕には送り人がだれか 想い浮かぶ 毎年 大間崎の写真をプリントした年賀状を 送ってくる 大学時代の友人 Kaoru あいさつ程度に送られてくる 彼女の年賀状は 僕には少

掌編小説 | わたしの青

 あるとき、目に映る世界がすべて青になった。それは、幼かった自分がはじめてつくり上げた、わたしだけの世界だった。  誰の悲しみにも触れたくなくて、水に浮かぶイメージを持ち、ゆっくりと体を丸めて青に沈んでいく。静けさと、冷えた感情だけに包まれるその世界では、目を開けても視界はぼやけている。ただ、濃淡のある青いグラデーションが目の前に広がっていた。 耳の奥でクジラが鳴く。実際には聞こえないその声は、現実ではない。現実ではない音と、現実ではない目の前の風景。だけど、その中に

映画と車が紡ぐ世界chapter122

ゲッタウェイ ホンダ アコードユーロR CL1型 2002年式 The Getaway Honda Accord euro-R CL1 2002 「Get Away!!」 この言葉には3つの意味がある もちろん 散弾銃を抱えた ドク・マッコイ(Steve McQueen)とキャロル(Ali MacGraw)の クライムムービーということは除いて ”Get Away!あっちへ行って!” 1つ目は カノジョの一言・・・ それまでも 何度か喧嘩をしてきたが この時ばかりは

小説プロジェクト「曇り空に」第1話

第2話から最終話までリンクさせて頂いています。ぜひお読みください。✨  会社からの帰り道、僕は、ふと空を見上げた。曇り空がどこまでも続いている。思わず苦笑いした。 「君、営業の仕事 何年やってんの? 向いていないんじゃない? 片手すら契約取れないなんて! 心が弱い証拠だよ!」  年下の上司から罵声を浴びて、うつむいた。確かに、最近の僕の営業成績は思わしくない。「水を売る仕事」は僕には向いていないのかもしれない。  水道をひねれば、そこにある水を、わざわざ高額のウォーター

タクシー(掌編)

「あっ、これ、困るなあ! まるっきり逆なんじゃあないの?」 「ええっ。だってお客さん、鏑木町へってさっき」 「違う違う! おれが言ったのは葛城町! かつらぎ!」 「そんな、私何度も確認したじゃあないですか」 「聞き間違えたあんたが悪い! ここまでの分の料金は払わないからな!」 「勘弁してくださいよ、お客さん、それは困りますよ」  男はどん、と運転席の背中を蹴り、 「おれを誰だと思っていやがる! お前なんて、ウチの会社が本気出せば、こうだぞ!」  どん、どんと更に二回。それから

短編小説 | 枯れ枝と椿

 ミニストップに集まってはハロハロを食べた。そんな10代を過ごしていた。  遅く目覚めた朝に、白い遮光遮熱のカーテンが眩しいくらいに光っている日は、なぜだか気持ちの奥の方がじゅわっとする。  家にいてはいけない、そんな気がする。だから電車に乗って、車内の暖房と、窓からの日差しにあたためられながら、どこへ向かうともなく、どこかへ行こうと思った。  もしも電車で、自分の右隣に座る人を、自由に選べるとしたら、ダウンジャケットを着た男の人がいい。  黙ってスマートフォンを操作する

【短編小説】ソーダ色のあめ玉

           美樹にとってそれはまさに青天の霹靂だった。 まさか自分が妊娠するなんて。 美樹がいるのは、都市銀行の本店営業部。 大学を出て入行して十七年。美樹は商品販売では常にトップを走るやり手キャリアウーマンだった。 銀行は今だ時代遅れな男社会であり、そんな美樹をおもしろく思わない人間からの風当たりは常に強かった。しかし美樹は出世欲が強く、そんなことはものともせず仕事一途に邁進してきた。そんな美樹にとっては、出世のためには家庭をもつことさえもうっとうしく思え