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君に読む物語 あしあと

「苦労掛けて、すまなんだな。」澄んだ眼で妻をみつめる夫。目にいっぱいの涙を浮かべ、手を差し伸べる妻。その手をとる夫。

「あの人は職人で、昔カタギで無口で厳しい人。今まで一度として、こんな言葉をかけてもらったことがなかった。初めて」と、夫が去った後も妻は涙を流した。

その後程なくして、妻はこの世を去り、夫も後を追うように天に召された。


ドラマのようなシーンを見かけることがある。

これは夜勤中のあるひとコマ。


先に入所された夫は認知症が進み、目を離すと、いたるところで服を脱ぎ始め、いたるところで放尿しようとされていた。しかしながら、たまに空にものを作る所作をされる時は、キリリとした眼差しで職人らしい風情を今に伝えてくださっていた。

妻は短期宿泊ご利用の際は、良くお話される快活な女性だった。病院から退院後にそのまま入所された時は、既にその面影はなくなっていた。妻本人様から、化粧気がなく元気では無い自分の姿を夫に見られたくない。夫に見えない席にして欲しい、夫と引き合わせないて欲しいと希望された。

お互いに見たくない、見せたくない今の姿があったご様子。素敵なお二人の過去を聞かせて頂いていたので、とても切ない思いで見守らせていた。

そんなお二人を引き合わせたのは、普段は妻を見かけても、認識さえしておられない夫が、急に「妻に会いたい。」と、真顔で言われたから。あまりに真剣に言われたので、妻に確認をとってから、会って頂いたのだ。

月夜に照らされたお二人のご様子は今も、忘れられない。

人生の終盤のドラマ。

はてさて自分はどんなドラマを歩むのか…

認知症に向き合う夫婦の物語として思い出すのは、映画『君に読む物語』。2004年アメリカ映画。ニックカルヴェテス監督。

夫婦の馴れ初めから終焉までが描かれている。とにかく男性が女性のことを思う気持ちが熱くて…女性としてこんなにも愛され続ける幸せがあることを羨ましく思う。感動的ラブストーリーに涙が溢れ出す。

映画の中の2人にしても、施設の利用者様にしても、人生の終盤に認知症という波乱の爆弾を抱えながらも、2人で積み重ねてきた過去が、今に思いを届けている。

今の認知症という病のみならず、過去にも様々なトラブルを2人手を取りあって、乗り越えて来た実績がある。その足跡は、今を超えて未来の一歩となっている。


認知症の方は環境変化に敏感な方が多い。入所したての入所者様も初めての環境に落ち着かれず、多動になられたり不安行動が増える。職員サイドもその方々の書類では掴み切れない特質を見極めるため、目が離せない。また、不穏な空気は周りの入所者様を不穏にさせる。施設に慣れて頂く迄が特に大変な時期の仕事となる。

慣れて頂ければグッスリ休んで頂き、早寝早起きが習慣として頂けるサイクルがおおかた出来るので、入所者様、職員共々、安定的な日常になるのだけれど…

今夜も、まだ日が浅い入所者様がいる夜勤。

不安定な夜を一歩進む。

この一歩の足跡が未来の安定した夜の一歩なのだ。素敵なドラマが生まれる可能性がある一歩でもある。

さぁ、頑張ろう!














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