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“わたしだけの世界”に出会った瞬間。

まだ眠い、朝の電車。窓からは途切れ途切れに太陽の光が差し込むんでいた。キラキラした木漏れ日が眩しい。

“なんとなく”つり革を掴んでスマホを見る色白のひょろりと背が高い男性。どうしてそれを選んだのだろうと悪気なく聞いてみたくなる色と丈のスカートを履く、真っ赤な口紅を塗った女性。初めて見るひとばかりなのに、毎日同じ風景に見えてしまうのはなぜだろう。

キョトンとした顔であたりを見回し、こちらをちらちら覗く朝日に目を奪われながらも、まぁいっかと好きな人の世界へと戻ることにした。

リュックから引っ張り出したのは、「サラバ」。西加奈子さんが直木賞を受賞したときの作品だ。

西加奈子さんが好きだとはっきり思ったのは、高校生のときで。きいろいゾウの映画に感動して、そのまま小説を手に取り、こんな世界を描く人がいるんだと心を奪われたのがきっかけだった。

それから少しずつ、部屋の本棚には、「西加奈子」の文字が増えた。綺麗に整列する本たちを右へ左へ撫でるように触っては、「自分の好き」を拾い集めているようで。にんまりと笑う。

サラバは、文庫本で上中下ある長い、長い物語。残り100ページほどに差し掛かったところだ。先が気になって、気になって仕方がない。もうこのままずっと電車に乗っていたいと後ろ髪を引かれるようにオフィスに出社する日が続いていた。今日こそは、読み切ろう。


静かに胸を弾ませ読み進める。

どうしたことか、するりと目に飛び込んできたフレーズに息ができなくなった。


あたなが信じるものを、誰かに決めさせてはいけないわ。


生き方に悩み、揺れに揺れる主人公の歩が、姉貴子に言われた台詞だった。

どきり、とした。はっと、した。


どんな音もしっくりこない。ふわっと時間が止まったかのような数秒が、身を包む。まるで何の前触れもなく水中に突き落とされたかのよう。周りの音が何も聞こえなくなり、呼吸の仕方も忘れていた。

会社を辞めて、自分の好きなことに向き合って生きていこうと決めたとはいえ、ぐらりぐらりと揺れていた。心細かった。そんなわたしの心をぐさりと刺し、胸を張れと背中を力強く押してくれた。

「自分が信じるものを信じる」正しさは、この世界を“自分らしく”生きるための道を照らしてくれる一本の光。

この言葉にはきっと、出会うべきして出会ったのだ。今、この瞬間。ここにいる“わたし”でなければだめだった。時計の針がカチリと音を立て重なるようにこの一行に出会ったのだ。


言葉って、尊い......。


自己啓発本や、有り難いアドバイスでも救われなかった生きづらさは、小説の日常に散りばめられたさりげない言葉に救われたりする。心に居場所をつくってくれる言葉は、なぜかいつもさりげない。


あれから数ヶ月後。

わたしは好きなことを仕事にできている。始まったばかりだけれど、サラバを泣きそうになりながら握りしめていた頃はスタートラインさえ雲の上のようだったのだから。自分を信じ続けて良かったと、心から思う。


あの日の電車の中は、間違いなく、わたしだけの世界だった。

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