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詩『鬼と茱萸(ぐみ)』#シロクマ文芸部

新しい空の皮膚に噛みつく
酸素が血を垂らした夕暮れ
空白の絆創膏を貼りつける
花に巻かれた消毒液の匂い
花弁はつん、と染みてくる

化膿した記憶は乾いてゆく
砂の感触が肌を舐め回して
汗の質感は蒸発していった
指の痕跡がわずかに残って
あつい火花をかくしている

その温度は確かなあしあと
爪を研いで拾い集めようか
ぺりり、と表面から剥いで
とおい郵便番号を割り振る
返送作業はなかなか捗らず
私の周りをもたついている

つめたい声は地を這うから
足裏がいつまでも冷えこむ
ちいさく千切って捨てたい
湿った声溜まりは泥濘んで
私の背後をつきまとうのだ

(嗚呼、浴槽で何もかも洗い流したい)
(濁った湯は、私の歴史アクアリウム)
(採取して、傾向と対策を立てませう)
(繰り返す悲しみは、汗に塗れている)

噛みしめた歯は、透明な実をすり潰した。透明な花、透明な蜜蜂、透明な花粉、透明な果実……嗚呼……舌で探索している。空よ、咲け、裂け、叫べ!実体のない偶像を壊せ、飛んでTOKYO、翻ってKYOTO、あべこべ、つべこべ、まぜこぜになって、さようなら。左の翼を羽ばたきして、右の翼を瞬きして、まんべんなくかき混ぜたら、極端になり過ぎないように、中和させてゆく。透明な果汁がかぜになる。樹々を揺らして、夜を手招きしている。濃い夕闇が背後から迫ってくる。色んなうちの晩ごはんの匂いが流れてきて、曲がり角でぶつかり合う。みえない鬼が香りの流れの交通整備をしているようだ。

(おかあさん、いつの日からあなたは迎えに来てくれなくなったのですか?私は擦りむいた膝小僧を抱えて、お腹を空かせながら、ずっとずっとあなたを待っていました。あまりにもお腹が空いたので、夕暮れ色の太陽を食べました。甘酸っぱいあかい夕暮れを閉じこめた茱萸の味。私は空腹に耐えかねて、約束と引き換えに、鬼ごっこの鬼から、あかい実を手に入れたのです。おかあさん、私は帰り道を失ってしまいました。よそのおかあさんがひとり、ふたり、と通り過ぎては、消えてゆきました。もう、あなたの顔も思い出せません。私はおおきな、おおきな迷子です)

『⚫⚫~、晩ごはんよ~!』
私はその声ではっと振り返って、膝のうえから茱萸の実がばらばら、と逃げていった。
『は~い!お腹空いたよ~。今日の晩ごはんなあに?』
私のなかのちいさな鬼が駆け出していった。薄暗いおかあさんの顔はわからない。でもわずかな記憶の海に浮き沈みしている煮物の匂いがした。
(おかあさん、おかあさん、それはわたし、じゃない……それはちいさな鬼だよ……)
くぐもる声は届かずに、透明な実となって、ばらばら、と地面に叩きつけられた。



photo:見出し画像(みんなのフォトギャラリーより、Masaki Senkoさん)
photo2、3:Unsplash
design:未来の味蕾
word&poem:未来の味蕾


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