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全てを忘れられるホテルがあったなら……と、書き始めた短編小説集の表題作。購読者25万人の米アート系ウェブマガジンRebelle Society 12/21号に、この短編集中のクリスマス・ストーリー "Lonely Holiday Insurance"が掲載されます。
(掲載記事はこちら。2019年1月更新)
http://www.rebellesociety.com/2018/12/21/mikikomiyakawa-holiday/

いつも小説は英語で書いてますが、いまは一時帰国中なので、下書きがこうして日本語になっちゃいました\(//∇//)\ 珍しい……!

尚、同名のオリジナル・ピアノアルバムが、近々Naxos Records(香港本社)より世界リリース予定です。小説は英語にする前提なので、ヘンなところも多々あると思いますが、楽しんでいただけたら嬉しいです(o^^o)

Hotel Fantasia (序)

全てを忘れてくつろげる宿、Hotel Fantasia――そこは究極の癒しの地。

「ずっと住みたいくらいホテルが好き」という人は世に多い。俗世の一切の雑務から解放され、王様、お姫様になれる。現代では人々を悩ますデリケートな問題が様々あるが、ここHotel Fantasiaではそんな諸々も解決できるのだ。

最先端の意匠と伝統の高級建材を融合したインテリア。名匠の作になるシャンデリアなど、計算し尽くされた照明。美術館からの盗品とも噂される、贅沢な調度品。音もなく歩く選りすぐりの熟練スタッフ。フロアには香り高いアロマとともに、老化に効く高濃度酸素が満ち満ちている。

健康にはセレブ向けグレードの人間ドックや最新鋭の集中クリニック。ダイエットや筋肉作りには専属トレーナー付きジム。旬のファッション・スタイリングにお手軽美容整形。

SNSにはサクラの「いいね」要員(数百人くらいなら軽い。) 美男美女による鍼灸やマッサージ・サービス各種。専門カウンセラーも、恋愛からペット・ロス、就職・転職まで、各種お悩み毎に改善実績の高い精鋭をとり揃えている。自室やティールームで、好みの飲み物でリラックスしながら心のケアを受けられる。

上品なバーに赴けば、バーテンダーを介して見知らぬ隣客へのプレゼント・ドリンクが行き交う(客の一部はサクラとも囁かれる)。悪くない相手であれば、小粋な会話も始まるだろう。

およそドラッグ以外なら、このホテルで叶えられないリクエストはない。

そんな歴史が積み重なり、現在では憧れのキャリアまでが当ホテルの合宿セミナーで叶うようになってきた。イマドキの職種で第一線の専門家が手取り足とり特訓の毎日。パクリとメディア操作、裏口天国で、望む分野のちょっとした人気スペシャリストになれるのだ。

ブロガー、料理研究家、モデル、評論家やエディター、イラストレーター。これまで修行を積んできた人であれば、バイオリニストや美容師、コメディアン、トレーダーなども可能性がある。

もちろん、実力が伴わない場合がほとんどなので、その活躍には限りがある。地味めの賞を獲ったり、メディアで頻繁に記事になったり、審査に通らないと参加できないエキシビションに出たり、ちらっとテレビ出演や講演をする程度で、早晩キャリアは尻すぼみ、または話題性急落――。でも、誰でもつかの間の成功者気分を味わうことができる。

フォトグラファーやエッセイストなど、稀には才能を認められ、実力派に大化けすることもある。いや、才能の芽さえあれば、寄ってたかってスターに仕立て上げられるのかもしれない。

◇◆◇

人里離れたこのホテルは当初、オーロラが見える日まで、何日でも宿泊料が同じというコンセプトで建てられた。オーロラを愛するある大富豪が創業オーナーだったという。

彼の巨万の財が生み出す利子で、宿泊客の要望を叶える予算を安価に優遇できるからくりだ。そのしくみは徐々にバージョンアップし、今では、指導者に見積もられた目標達成日までの宿泊料とセミナー料金だけで、設定した結果が得られるまで滞在&受講可能、というシステムに拡張されている。

また、アメリカの建国過程で各種産業の始業・振興に関与したオーナー一族のおかげで、各業界やメディアにコネがあり、交通網もスペシャリスト・講師を招くのに無料措置がとられると囁かれている。

稀に本格的に成功する元宿泊客からは、半端でない額の寄付金が寄せられる。これがまたさらなるプチ成功者を産む元手となる。あるいは少しばかりの成功を収めた宿泊客でも、身の程を知っていれば、人生のささやかな勝ちに対する礼金ははずむものだ。たとえ高額の献金ではないにせよ……。

◇◆◇

 ローマ神話に登場する女神オーロラは、地上の生き物に夜明けや希望をもたらす神だった。女神オーロラが、夜の闇を追い払い、この世に光を与えてくれていると信じられていた。女神オーロラのおかげで、暗黒の夜がいつまでも続かず、朝がやってくるのだ。

 この女神の名が、極地に舞う光に与えられるようになったのは17世紀に入ってから。ガリレオが名付け親だとされている。

ただ、オーロラは、凶事の前兆として恐れられることもあった。宿泊客のその後の人生が必ずしも平穏でないどころか、転落の一途であることもあるのは、象徴的である。

一例として、妙齢の女性、マナの話をしよう。彼女は当ホテルセミナー講師の力で、とある小さな文学賞を獲ることができた。当初有頂天になったマナだったが、再度訪れてセミナー続編を予約したころには、すっかり勘違いをしていた。

講師はマナのセンスを認めて、作品のブラッシュアップや新奇なテーマへのチャレンジを勧め、アシストを申し出た。けれど、マナは難関の出版社から小説を出したいと言い張り、「専門家なら、傾向を分析して、私の原案を出版できる原稿に仕上げてほしい」と要求。書く楽しみや、好奇心を放棄してしまったのだ。

いかに専門家だろうと、やる気のない人間のゴーストライターとして高いハードルを越えるのは難しい。作品は結局マナの希望より遥かに劣る雑誌に掲載されて終わった。地方都市の家に戻ったマナは全てにモチベーションをなくし、抜け殻のように生きるばかりだった。

そんなマナを見て、芸術に深い理解のある堅実な恋人も去っていった。

◇◆◇

オーロラの出現を予想するのは簡単でないように、厳寒の地にあるこのホテル、その存在を知るのも予約を入れるのも、たいていの人にとっては不可能。そのわけは、関係者は賄賂とマフィアの脅しで口を噤んでいるからだ。

宿泊リピート希望者には「空室ができた場合にこちらから連絡を差し上げます」と告げられる。そのため、宿泊客は不思議と、その所在地も連絡先も知らない。滞在中の携帯やIT機器の作業内容は失われる。バックアップも残らない。

たまに電話番号を知っている者がいても、リピーター以外がかけてみて繋がることはほとんどない。たぶん、通信系の会社が操作しているのだろう。稀につながっても、特に新規客には予約はめったに取れない。

ウェブ上に載ったホテル関連の情報は、何者かに速やかに削除される。その地に行く手段は、ホテルのプライベート・ジェットのみ。上空から所在を探ろうとしても、レーダーで探知され、人工ハザードなどで外観をブロックされているようだ。謎に消息が途絶える探索隊も珍しくはない。人口衛星関連には、当然のごとく箝口令が敷かれている。

宿泊客は、その地でオーロラを見ることはできるが、そこで得られる束の間の成功は、オーロラのように儚い。それでも、リピーターは後をたたない。

いつ現れるとも知れないオーロラを待つように、今日も人々はHotel Fantasia に予約を入れたいと願う。そしてネットに、リアルに、その所在地を探し求める。 

これからお話しする幽玄な物語の数々は、そんな彼らが登場人物かもしれないし、彼らが現実を忘れようとして迷い込む世界かもしれない……。

Hotel Fantasia へようこそ。チェックアウトはご自由ですが、あたなはきっとまた戻っていらっしゃるでしょう。
(了)

転載を禁じます。アメリカ大手ウェブマガジンに関連記事を掲載済みのため、模倣の証拠は明白になります。アメリカ・イギリスの出版社と出版契約を交わしておりますので、訴訟にご注意。©︎Mikiko Miyakawa

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