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脚本は設計図 韓国ドラマ『シグナル』から学ぶ2つの世界の描き方

今年2作目の完走ドラマは「シグナル」
日本バージョンではなくオリジナルである韓国バージョンを鑑賞。

「ハイエナ」のキム・ヘス繋がりで観始めたこの作品、刑事ドラマというカテゴリーでは収まらないヒューマンドラマだ。

このドラマは、過去と現在の刑事が謎の無線機を通じて交信し未解決事件を追うという設定で、彼らの行動によって過去や現在が変わって行く複雑な構成を見事に描き切っている。

2つの世界を描くドラマは多々あるがこの作品は秀逸。
そして脚本を勉強する身としては学ぶことが多かった。

ここでは、「シグナル」の描き方や脚本について思うところを綴りたいと思う。


1.現在を説明するための「過去」ではなく、現在と協働する「過去」

物語の起点は「現在」、2015年。

イ・ジェフン演じる「現在の刑事」、プロファイラーのパク・ヘヨンが過去と交信できる無線機を偶然手にしたことから物語は始まる。

交信の相手は、チョ・ジヌン演じる「過去の刑事」イ・ジェハン。
彼は15年前、つまり2000年の世界で2015年現在で未解決事件となっている事件の真相を追っていた。

「無線機で過去と交信する」という信じがたい出来事に戸惑うパクだが、ジェハンから得た情報によって時効目前の事件を解決に導く。
この出来事をきっかけに、二人は過去と現在双方の情報を共有し未解決事件の犯人を追い詰め事件を解決していく。


しかし、これには大きなリスクが伴った。
未解決事件を過去に遡って解決するということは、過去を変えることに他ならず、それよって未来(つまりは現在)を変えてしまうことになるからだ。

過去を変えたことによって、死ぬ必要もない人が死んでしまうなど、存在しなかったはずの不幸な出来事が起きてしまう。その逆も然りで、連続殺人事件の被害者が事件の解決によってに事件に巻き込まれることなく平和に暮らすといったことも起こる。

つまり、彼らが「正義」と信じる未解決事件を解決する行動は、様々な関係者の人生を変えてしまうのだ。



過去を変えるというのは、本来踏み込んではならない領域。
しかし、パク刑事、そしてジェハン刑事それぞれが抱える個人的な心の傷、そして刑事としての信条「悪人を捕える」が相まって(過去を変えるべきでないと理解しつつも)無線機での交信で得た情報を頼りに未解決事件の真犯人を追い詰める。

言うなれば、彼らは「罰せられるべき人が罰せられる社会」というあるべき未来(現在)のために過去を変えているのだ。


さて、この物語のすごいところは、現在と過去という2つの世界を同列に扱っていることだ。

この手のドラマでは、多くの場合、過去は現在の状況の説明のために都合よく使われる。

しかしこのドラマでは現在のための過去ではなく、過去自体が現在と同等に、あるいはそれ以上にストーリーの核となり、物語を動かしているのだ。

脚本家のキム・ウニはインタビューで以下のように言っている。

過去の事件が現代で解決する時、過去の事件を十分に見せることができるのかも頭を悩ませる部分でした。(Cinem@rt:インタビュー記事より)


この悩みを、無線機という交信手段を用いることで可能にし、しかも過去を十分に見せるというレベルではなく、「過去」に物語を展開させる役目を担わせている。

また、過去と現在がパラレルで変化していくこのドラマでは、数多くの伏線が張り巡らされているが、それが過去と現在双方で見事に回収されていくところも素晴らしい。現在を説明するための過去ではなく、現在と協働する過去を描くことで物語に厚みを加えているといえる。



2. 諦められない想いが「過去」を変え、そして「未来」が変わる

「過去は変えることはできないが、(現在の行動によって)未来は変えられる」

これが私たちの生きている世界だ。
でも、誰しもが一度は「もし、あの日あの時…」と後悔したり悔やんだりしたことがあるのではないだろうか。

このドラマでも、登場人物たちの後悔や想いが強い感情や決意を生み出し、彼らを駆り立てる。



キム・ヘス演じるチャ・スヒョン刑事は、現在の世界においてはクールなベテラン刑事として登場する。一方、過去の世界ではジェハンに恋する、「半人前」「マスコット」と呼ばれる可愛らしい新米刑事だ。

さて、この物語が見応えがある理由のひとつは「現在の世界の登場人物」と「過去の世界の登場人物」をそれぞれの世界でしっかりと描いているからだ。
登場人物の成長と変化を、時の流れを経て得た結果としてうまく表現できているのだ。

そこは「過去の世界」と「現在の世界」を演じ分ける俳優の演技力にかかっているわけだが、その点、チャ刑事を演じるキム・ヘスは素晴らしかった。

無邪気な新米刑事だったチャが、刑事として様々な経験を積み敏腕刑事に成長し、一方で、愛する人が行方不明という、苦しみと影を抱え年を重ねたことが視聴者に違和感なく伝わる。若かりし頃のチャと20年の月日を経て中年になったチャが、きちんとリンクしているのだ。

その辺りの表現については、脚本の素晴らしさもさることながらキム・ヘスの演技力あってこそ。
個人的には、物語終盤、過去の世界にいるジェハンと無線機で交信した現在のチャがそれまで抑えてきた想いを爆発させ、涙ながらにジェハンに危険を訴える場面に心打たれた。そこには現在の世界では感情を表にださない彼女の素の部分、つまりは人間的魅力が余すことなく表現されているからだ。
視聴者は20代の「半人前」だった彼女が40代になった現在、変わらぬ想いを持っていることを知り切なさを共有するのだ。




ところで、大切な人の不在は(それが死によるものであれば特に)大きな喪失感となって当事者を圧倒する。納得のいかない形で大切な人を失った場合にはなおさらだ。

たとえば、罪を着せられたまま死んだ兄の無実を信じるパク、初恋の女性を連続殺人犯によって殺された過去を持つジェハン、行方不明になった愛する男を探しづつけるチャ。

彼らの深い悲しみと苦しみ、喪失感、そして怒りがこの物語の根底にあるのは間違いない。

しかし負の感情に打ちのめされてばかりではない。
彼らの原動力となっているのは、無線機の交信によって過去を変え、大切な人を守るという意思だ。


「諦めなければ未来は変えられる」


これがこの物語のテーマだが、そこにたどり着くまでには困難な道のりが待ち受ける。そもそも犯罪や搾取等々、社会における日の当たらぬ世界の闇をあばくことが刑事の職務。そこに権力の横暴、警察組織自体に蔓延る不条理が絡み合い、出口さえ見えない。

そんな絶望的な状況においても諦めないでいられるのは、真実を白日の下にさらすという強い意志と想いがあるからだ。それに加えてパクとジェハンの間に芽生えた感情が二人を支える。無線機を通じお互い知るにつれ、相手を思いやる感情が生まれた。

たとえば、兄の死後、孤独に生きる過去のパク(子供時代のパク)を、同じく過去の世界に生きるジェハンが陰ながら見守ったり、2015年にはジェハンが生きていないことを知りながら、それを口にしないパクの気遣いであったり。

また、諦めることなくジェハンを探し続けるチャの存在もジェハンにとっての支えになる。未来から過去を支えるというフィクションならではの出来事ではあるけれど。



3.「脚本は設計図」という基本を改めて学べるドラマ

「シグナル」はシリアスなドラマだ。
それゆえに鑑賞中はどんよりと暗い気分にもなったが、物語の続きが気になって一気に完走してしまった。

ところで、エピソード1から違和感があったのが「過去の世界」の映像。
これが縦に伸びているのだ。(画面の比率が変わるという意味)

過去回想のシーン映像にフィルターをかけるという手法はよくあるが、「縦伸びってのはなかなか見ないな」というのが感想。(正確には、縦伸び+フィルター)

もしかすると、過去の世界と現在の世界が判別しやすいという効果の他に、「縦伸び」によって顔、身体が細く見えることから登場人物の「若さ」を強調する狙いがあったのかもと思ったり。わからんけど。



ともあれ、「脚本は設計図」というけれど、このドラマからは改めてそれを学んだ。細やかな設計がなければこれだけ多くの伏線を張り巡らすことは難しい。
また、物語は「現在の世界」と「過去の世界」を頻繁に行き来するがゆえに、緻密な交通整理が必要だったはず。

そして設計図に命を吹き込むためにかかせないのが登場人物。
伝えたいことをより効果的に伝える役割を担うという意味で、彼らは物語の中心にいる。そして、登場人物を演じる俳優がその役割をまっとうし、彼らの持ち味を如何なく発揮するためには良き設計図が必要となる。

そういう意味で「シグナル」は、良い設計図とキャストとの組み合わせが見事な作品だったと感じる。それに加えて演出も。(演出は人気韓国ドラマ「ミセン」の演出を担当したキム・ウォンソク)

一方、視聴者には物語展開の複雑さゆえに、適度な緊張感を持って鑑賞することが要求される作品でもあった。そしてその緊張感は視聴者を物語に引き込むことに貢献していたと思う。


さて、設計図が必要なのは何もドラマに限ったことではない。仕事におけるプレゼンでも同じこと。

人に何かを伝えるにはそこに物語があることが効果的で、そのためには物語を伝える設計図が必要になる。そして、その設計図が綿密に練られていればいるほど、深く、強く、伝えたいことを伝えることができるのだと思う。


参考URL1:https://www.cinemart.co.jp/article/news/20170622001354.html
Cinem@rt【インタビュー】「シグナル」脚本家キム・ウニ#1「小さな慰めになる終わり方」



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