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『シュガーマン 奇跡に愛された男』 人生はだから面白い

2012年/スウェーデン・イギリス合作
原題:Searching for Sugar Man
監督:マリク・ベンジェルール


伝説のシンガーソングライター、ロドリゲスのドキュメンタリー映画。

1970年代、ロドリゲスは類希な才能を認められアメリカでレコードデビューを果たす。が、曲はまったく売れず。

しかし、地球の裏側で奇跡が起きていた。

アメリカで誰に知られることもなかったロドリゲスの曲が、遥か彼方、アパルトヘイト下の南アフリカで絶大な支持を得ていたのだ。

彼の歌のメッセージは、厳しい統制下に置かれたこの国の反政府の象徴として、人々の心に深く刻み込まれることになる。
彼の音と歌詞がその地で抑圧された人々の心と呼応したのだ。


信じられるだろうか?
アメリカでは数枚(レコード会社の社長は6枚と言っていた)しか売れなかったレコードが、南アフリカではミリオンセラーだ。

誰かがアメリカから持ち込んだレコードを聴き、心打たれた人々がそれをコピーして広がったという。


映画はタイトルにもなっているロドリゲスの曲「シュガーマン」をバックに始まる。
切ないメロディーとロドリゲス独特の歌声が響き渡る。そして、心に刺さる歌詞。

この展開、どう考えても悲劇を予想させる。
事実、南アフリカで伝説のミュージシャンとしてあがめられていたロドリゲスは「コンサート会場で(しかも観客の目の前で)自殺した」と語り継がれている。
ロドリゲスは不遇に自滅した男。映画を観ている我々もそう理解する。

そこに、彼のファンだった南アフリカの男が、ロドリゲスがいったい何者なのかを調べるために登場する。

根気よく調査を続け、ついにロドリゲスのアルバムをプロデュースした人物にたどり着く。

その男は彼の才能を讃え、まったく曲がヒットしなかったことを悔しがり、そして驚愕の事実を語る。

「ロドリゲスは今も生きている」 

謎の男ロドリゲスは自殺なんかしていなかった。

レコード会社から契約を打ち切られた彼は、ミュージシャンになる前の仕事(ビル解体の労働)に戻って堅実に生きていた。金銭的裕福とはほど遠いが、ブルーカラーレイバーとして、家族を養い娘達を立派に育てあげていた。
時には好きなギター楽しみながら。


この事実が明かされたあと、映画のトーンが一気に変わる。
 20年以上の歳月を経たロドリゲス本人の登場だ。

「ロドリゲスは生きている」

それだけでも大どんでん返しなのに、ここからはまるで男性版シンデレラストーリー。

アメリカでまったく無名のロドリゲス。
しかし南アフリカへ渡り開催したコンサートでは、どの会場もロドリゲスのファンで埋め尽くされていた。

それを見た彼の驚きはどんなものだっただろう。
昨日まで労働者として生きていた自分が、地球を半周して一躍トップミュージシャンとして待遇されるのだ。

こんな夢のようなことが起きたら舞い上がってしまいそうなものだが、彼は違った。少なくとも表面的には動じる事なくその状況を受け入れ、楽しんでいた。
それも穏やかに。

でも本当にすごいと思うのはそれからだ。
彼はコンサートを終え、何事もなかったように元の堅実な生活に戻って行く。
ミュージシャンとして人々に求められることの喜びを味わった後も、彼は基本的な自分の生き方を変えなかった。

彼は知っているのだ。
曲を表現することの意味や、何が自分にとって大切で、生きていくにふさわしい場所はどこなのかということを。

前述のとおりロドリゲスのレコードは南アフリカではミリオンセラーだ。
でもその収入が彼のものとなるわけではない。なぜならすべて海賊版だから。
彼のアルバムセールスで儲けた輩がいることは間違いないが、それついて彼は関心がない。

ロドリゲスの生き方はまさに地に足がついている。
彼はあくまで穏やかに、そして自分の信じる道を前向きに堅実に生きている。
彼の強さに惹かれると同時に、心地よい余韻が残った。


写真:Hotel "W" in HK

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(day19 )
rewrite of 2013


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