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地図禁止!北極縛りプレイ「狩りと漂泊」 #読書記録

映画やマンガのネタバレには注意しないといけない時代ですが、結末までネタバレしてから準備しないと命にかかわることもあります。それが登山。

角幡唯介「狩りと漂白」

探検家でライターの作者が計画したのは、未知の場所にたどりつくための旅ではなく、自分が知らない土地に地図無しで踏み込む旅。

道中の予定が立てられない、自分の位置を見失う旅は、軽いハイキングでも命にかかわる。
あえてその土地を初めて訪れた原始の民に近いシチュエーションにすることで、本当の自然の凄みや、難所を克服する感動を呼び覚ます。
ぼくはクリアしたゲームをあえて難しい状態でもう一度やる「縛りプレイ」を連想した。

情報のない場所で、崖や滝をじっくり観察する。自分の能力なら登りきれないことはないが、その先はどうなっているのか。
情報ではなく、自分が歩いた実感でその土地と触れ合う。
狂気とも思えるけど、道具をそろえて先人の敷いたルート通りにみんなで同じ山頂を目指すことは探検ではないしその土地を深く知ったことにもならないし、自分自身を拡張しない。。。

といったことを熱弁されると、いつの間にか感化されて、角幡さんのやっていることが真の人間の喜びなんだ!と一気に読んでしまう。

「地図の無い旅」のあとは「狩りを前提にした旅」。

奥さんのひとこと、「何それ誰が読むの?」
あまりにも率直で痛すぎる。

自然との向き合いかたをさらに突き詰めた作者が、地図のない旅の次に挑むのは「狩りを前提とした旅」だ。

パートナーは犬一匹。あらかじめそりにラーメンなどを積んで、ゴリゴリに荒れた氷の上をなんとか進んでいき、一線を踏み越える。
一線というのは国境でもなんでもなく、これ以上行ったら食料が足りなくなって帰国できなくなる、その場の生き物を取って食うしか生き残る道はない。そういう一線だ。

現地で兎を狩れば、人は肉を、犬は内臓を食って腹がいっぱいになる。アザラシを狩れば数日命がつながる。麝香牛を狩れば旨くはないが1~2週間くらい旅が続けられる。
そんな状況に入る。足元の氷が粗くて、目の前の氷を削りながら唸り声をあげてソリを力づくでひっぱる。荒れた足下の北極圏。どれくらいで平らな氷面につくのかもわからない。痩せこけた男と犬が行く。

真っ白な土地に立ち、時間の区切りも目的地のない究極の自由を与えられると、人は狂いそうになるそうだ。

完全な自由は「無」。
いつか自分が死ぬことしかわからない。
だから、未来を24時間で区切って、さらに時間で区切って、ルートを決めて、こういう行動をすれば未来はこうなるはず、と予定をたてて自由をある程度狭めていくことで安心する。

はじめての環境に身を置いたらどうなるのか? 文明生活でなくした人間本来の喜びがあるんじゃないか? と旅する様子は、実験のようでもある。
ぼくの知人で、ヒマすぎて断食をした人がいるが(するなよ)感覚が乳児になって全ての刺激物を受け入れなくなり、ふつうに食っていたはずのラーメンの汁を飲んだらノドが爆発して、食生活を見直すきっかけになったそうだ。まあその話は全然違うけど、通じるところはある。

「いただきます」ではすまない狩りの罪悪感

特にスリリングなのが狩猟。
寒い土地に住む動物って基本的に可愛い。うさぎとアザラシと牛だ。それが油断して横になっているときに撃たないといけない。息をひそめてゆっくり近づいて射程範囲に入るまでの緊張感と、探検家といえども不慣れな狩りは知らないことやトラブルばかりで単純に読んでておもしろい。

ヴィーガンに対して肉を食うのに抵抗ない人が、
「人は生き物の命を食べて生きるものなんだ。だから、いただきます、っていうんだ」
なんて言うけど、実際に銃弾をうけて横たわった動物を前にすると、自分はこんな立派な生き物を食ってまで生きる価値があるのかと、どうしても罪悪感にとらわれるそうだ。
それでも、本当の命の危機に追い詰められると、犬と人が死肉を奪い合い、うっかり人のぶんを食べた犬に本気で怒り、人の糞を犬が食う地獄絵図になる。

映像だったら観てられない。

コンプライアンス的に、テレビではどんな事情があれど犬を叩いたりするのは放送できないけど、角幡唯介作品には出てくる。
北極圏では犬のしつけを厳しくしないと共倒れ。死ぬから。ソリに乗せてる食料を腹いっぱい盗み食いされたら飼い主ともども死ぬから。
苦手な人もいるかもだけど、極地での人と動物の関わりを正直に書いてて読めたのは、書籍ならでは。テレビでかわいい動物赤ちゃん大集合!なんてやるより真摯な姿勢だと思う。

終盤で飢えてボロボロになった作者の前に現れた意外なものは、神からのプレゼントのよう。
北極で人生観を変える話なのに、身近な話にも置き換えられそうな、ふしぎな一冊でした。

こちらは探検部の先輩↓


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読んでくれてありがとうございます。 これを書いている2020年6月13日の南光裕からお礼を言います。