#エッセイ
自己形成小説を書かなくなった話
断続的にではあるけれど、もう何年かずっと小説を書いている。そのジャンルや方向性みたいなものが変わってきたなあと最近思う。ここ数年、学生ものの青春小説を書かなくなった。気づけば結構前からだったけど。
書き始めた当初は本当に、学園小説というのか、学生を主人公にした閉鎖的で細かな物語を書いていた。田舎の進学校の優等生が、背伸びしたり苦しんだりする話。見たこともない遠い世界にいる自分を想像できたりで
好きだと叫ばなかった後悔よりも
最近、寄り道を楽しめるようになった。住んでいる町でも旅先でも、まっすぐ帰らないでちょっと遠回りしたり、ただ近所をぐるっと散歩してみたりする。旅行したり写真を撮ったりすることも増えてきた。
大学進学を機に地元を出てから何度かの引越しと旅行を経験して、少しずつ、新しい場所でのびのびやるための流儀ができてきたように思う。
早く地元を出たくてたまらなかった学生時代、息苦しいというほどの感覚ではな
ここではないどこか、自分ではない誰か
ここまで来たぞ。
いつ、どこに着いたら、私はそう思えるだろう。
初めてひとりで乗った国際線の機中、毛布にくるまって読書灯でクリスティの『終りなき夜に生れつく』を読んでこれから向かう国に思いを馳せながら、ふと思った。
大学進学を機に、出たくてたまらなかった地元を飛び出してから、七回目の夏。夏のボーナスが入った通帳を見て、初めてのひとり海外旅行に挑戦しようと決めていた。盆の帰省ははなから頭に
思い出そうとしても思い出せないこと
昔は絶対に覚えていた、そもそも出会った瞬間があるのだから間違いなく自分が知っているはずのことなのに、なぜか思い出せないことが、最近増えた。忘れていること自体いつもは忘れているのだけど、創作をしていると自分の思いつきのルーツを探りたくて、思いを馳せる。そして、馳せる先がもやで見えなくなっていることに気がつく。
たとえば、これぐらいくだらないこと。フレンチトーストをつくるとき、卵と砂糖と牛乳、混