みんみん

普通に生きています。旅と動物が好きです。

みんみん

普通に生きています。旅と動物が好きです。

最近の記事

mikeの花

今年の3月に8年くらい飼っていた、我が家のモルモット、ミケが天国へ旅立った。  プランターを買って、その中にミケを入れて、お花を植えてお墓にした。 お花はマリーゴールドの苗を買って植えた。 暫くすると、緑色の芽が出てきた。 初め、雑草かな?と思ったのだけど、取らずに放っておいた。 グングン伸びて、立派な花が咲いた。 ミケの横にお供えした結構カピカピだったニンジンが、ミケの養分をたくさん吸って、芽を出し、花を咲かせたのだ。 マリーゴールドはもう、見る影もない。 ニンジンの

    • ネグロス島へ 慰霊の旅...⑤

      4月12日 セブからネグロスへシライ市散策 バナナを食べながらウロウロしていると、泊まる宿が見えてきた。築100年以上のお屋敷だ。私たちが泊まる「スタジオ」は女主人CHELLの母親がアトリエとして使っていた場所を改装して部屋にした所。キッチンもあって広い。お母さんの作品も飾ってある。 彼女の御祖父さんがサトウキビ事業で成功したらしく、本館1階の薄暗くひんやりした応接間には、古い調度品が所狭しと並べてあってさながら博物館のようだった。家族写真や肖像画、(お祖父さんの?)銅像

      • ネグロス島へ 慰霊の旅...④

        4月12日 セブからネグロスへ 朝がきた。 さあ、何も決まっていないけど、朝が来た。 流されるような、導かれるような旅が出来たらいいと思う。 朝食は昨日パンを買ったお店で食べる。現地の人がひっきりなしに出たり入ったりしていたお店。仕事前に朝食を食べている若い人や、お年寄り夫婦など様々。 カウンターに陳列してあるおかずを指さして頼む。魚のスープ、揚げ春巻き、魚のフライ、アドボなど、どれも美味しい。 昨日までしていた腕時計、なくしてしまったらしい。確かポシェットに入れたと思

        • ネグロス島へ 慰霊の旅...③

          4月11日   セブ島へ 出発 朝の成田空港にいる。 20歳になって自分探しを継続中の息子と、「空気が合わない」と通信制高校に転学した娘と、大叔父の写真と共に、セブ島に向けて飛び立った。 機内の窓からは桜が見えた。帰る頃には散っているだろうか、と思いつつ。 セブエアーは入るなり、南国だった。シートの色は何て言うか「ナポレオンフィッシュ」みたいだし、キャビンアテンダントさんの制服は黄色のポロシャツで動きやすそう。ただ、座席のリクライニングがなくて、ほぼ直角。行きは良いけど

          ネグロス島へ 慰霊の旅...②

          靖国櫻 我を待つらむ 旅って一つの物語みたいだなと思う。始まりがあって終わりがある。 なので、今日話すことは物語の序章になるのか。 私の手元には数枚の大叔父の写真がある。証明写真のように小さな写真の裏に、大叔父が書いた詩があった。靖国桜が咲く前にここを去らねばならなくなった事。その後に ”靖国櫻 我を待つらむ” とあった。 (いつか、またこの地を踏んで満開の桜を見るまで待っていて欲しい)という意味だと理解した。 今年の桜は予想が大いに外れ、例年より遅い開花となった。

          ネグロス島へ 慰霊の旅...②

          ネグロス島へ 慰霊の旅...

          はじまり 書きたいことが、たくさんありすぎて、どこから始めていいのかわかりませんが、先の大戦でネグロス島で亡くなった大叔父の慰霊の旅の事を書こうと思います。 大叔父がフィリピン、ネグロス島で亡くなった事を知ったのは、今から15年前、父の葬儀の時でした。私が小さい頃に仏壇の中から見つけた軍服姿の青年の写真が、現実味を帯びて迫ってきた瞬間でした。 教えてくれたのは父の従弟である私の伯父さん。大叔父とは同じ部隊ではないけれど、「ネグロス電工」の創設者がネグロス島に慰霊碑を建て

          ネグロス島へ 慰霊の旅...