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「ぼんやり」と「出しっぱなし」が子どもの脳を育てる

ガシャーンと音がして、寝室に駆けつけると窓ガラスが大破していた。
かたわらには呆然と立ち尽くす兄弟。10歳と5歳。二人でじゃれあっていて、窓にぶつかったらしい。
慌ててケガの有無を確認。よかった、二人とも無傷だ。
しかし、特におもちゃを振り回していたわけでもなく、素手?で窓が割れるまで転がり回るなんて、信じられない!

私自身は妹とふたり、静かに本を読んだり、リカちゃん人形を着替えさせたり、家の中ではしっとりと遊ぶことを好む子どもだった。
元気すぎる少年2人の行動パターンが異次元すぎて、10年経っても慣れない。

おもちゃの剣や恐竜のフィギュアを握りしめ、常に見えない敵?と戦っている。

家じゅうの床にレゴブロックが散乱し、うっかり歩けばそのパーツを踏んで痛みに悶絶することになる。

「○月×日はお弁当を持ってきてください」という重要な連絡事項が書かれたプリントは、短くなった鉛筆や丸めたティッシュが詰まったランドセルの底から、当日の朝にぐちゃぐちゃの状態で発掘される。

なんだ、この人たちは。私の思考回路ではまったく理解できない。もしかして宇宙人なのか!?

かくして母は「けんかをやめなさい!」「片づけなさい!」「大事なプリントはすぐに出して!」と声が枯れるまで1日中叫び続けることになる。

なんとか機嫌のいい母さんでいる方法はないものか…と手にとったのがこの本。

黒川伊保子『息子のトリセツ』(扶桑社新書)

著者は、脳科学と人工知能(AI)の研究者。

性別による脳の使い方の違いから、私にとっては「意味不明」な息子たちの行動を読み解いてくれる。

いま、脳の使い方の「違い」と書いた。

性別にかかわらず、私たち人類の脳に備わっている機能は同じ。
でも、無数にある機能の中から、どの働きを選んでスイッチを入れるか、とっさの判断に、性別による傾向があるらしい。

遠くの目標物に照準を合わせ、着実に獲物をしとめる男性的な脳。
近くの愛しい者(たとえば、子ども)から意識をそらさない女性的な脳。
もちろん個人差があるので、あくまで傾向のお話で、「男性的な脳」「女性的な脳」は便宜的な分類だ。
遠くを見通すのが得意な女性もいるし、近くに注目することに長けた男性もいる。
そしてわが家の子どもたちには「男性的な脳」の特徴がぴったり当てはまる。

遠くの目標にロックオンしているから、足もとに脱ぎ捨てた服を片づけられない。今遊んでいたブロックを放り出したまま、気になるマンガを読みはじめる。

洋服を拾って片づけながら、別の用事を済ませるとか、今遊んでいたおもちゃを片づけてから次の行動に移るというようなことが、男性的な脳にとっては難しい。
その代わり、遠くを見通す機能を生かして森を開拓したり、外敵と戦ったり、大きなビルを建てたり、宇宙にロケットを飛ばしたりすることが得意。

まずは、息子の一生の「ぼんやり」と「ぱなし」を許そう。

この一文を読んで、10年間肩に背負ってきた荷物が、すーっと軽くなるような気がした。

そうか、脳の使い方の問題だったのか!
「ぼんやり」や「出しっぱなし」は欠点だから、大人になるまでに何とか直してやらなければいけない、と思っていた。
でも、それは近くを見る機能を重点的に使ってきた私自身の、勝手な思い込みだったのだ。

ぼんやりも、出しっぱなしも直さなくていい。
むしろ、思う存分ぼんやりして、散らかす経験をした子のほうが、空間認知力が高まる。

そんなふうに私の意識を書き換えたら、びっくりするほど日々の子育てが楽になった。
部屋が散らかっていたら、「わあ、脳が成長してるね!」と笑いながらおもちゃをよけて歩けばいい。
子どもたちが口を開けてぼんやりしていても、「あ、今まさに脳が進化してる!」と思ってそっとしておけばいいのだ。

あと十数年もすれば、親が何も言わなくとも、子どもたちは自分で居場所を見つけて巣立っていく。
きれいに片づいた部屋で暮らすのは、その後の楽しみにとっておこう。

   *

10年間、「遠くを見る」のが得意な子どもたちと一緒に暮らしてきてしみじみと思うのは、「親が手をかけて育てようとしなくても、子どもの中には自分で育っていく力がそなわっている」ということ。

親にできるのは、子どもが自然に伸びていこうとする方向を見きわめて、それをじゃませず、必要そうな資源があれば目につきやすい場所にさりげなく置いておくくらいのこと。
いつでも選べるように選択肢は用意するけど、強制はしない。選ぶのは子ども自身。

そうやって環境をととのえたら、あとは親自身が好きなことを自由にやって、楽しそうに生きているほうが、子どもも本来の個性をのびのび発揮できるような気がする。

なんと言っても、家の中に予測不能な行動をする人たちが生息しているなんて、物書きにとってこんなにおもしろい経験はない。

行き詰まったときには「トリセツ」に立ち返りながら、もうしばらく、宇宙人たちとのかぎられた時間を楽しんでいこう。


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