小説「15歳の傷痕」-14
- モ ノ ク ロ ー ム ヴ ィ ー ナ ス -
1
いよいよ紆余曲折を経て、百人一首大会の本番の日がやってきた。
本番は1月24日土曜日で、1年生と2年生が対象だ。3年生は大学受験に向けて免除されている。
各学年8クラスなので、計16クラス、丁度トーナメント制にピッタリなクラス数なので、トーナメント方式になっている。
本番に向けて、2回ほどクラスで練習したが、なかなか1年のブランクは大きく、俺と神戸さんの間で会話は交わせなかった。
いつも間に、笹木さんを挟んでの練習になってしまった。
それでも同じ空間で同じ目標を目指しているだけで、なんとなく以心伝心のように動けているのではないかと、俺は勝手に思い込んでいた。
そして本番当日、3人はクラス代表として大会に出て、他のクラスメイトは普通に授業を受ける。授業免除みたいな形だった。
がんばれよー、という声援を受けて、俺、笹木さん、神戸さんの3人は会場となる図書室へ向かった。
「ミエハル君、ちゃんと100首覚えた?」
と笹木さんが聞いてくる。
「当たり前じゃん!と言いたいけど、もう脳が老化し始めとるけぇ、半分がええとこかも。テストの結果も悪かったし…」
「それじゃあダメじゃん!アタシ達、優勝するんじゃけぇね!ね、チカちゃん」
「えっ、そ、そうだね」
「んもう、2人とも元気が足りないよ!バレー部みたいに、円陣組む?」
「円陣って、3人だと三角形になっちゃうよ?」
と俺が茶化すと、
「アハハッ、ミエハル君はそんな感じでムードメーカーになってよ。アタシ、こう見えても結構覚えてきたんよ~。だからアタシとチカちゃんで稼ぐから、そこにミエハル君も覚えてる札が読まれたら、取ってくれればいいから」
笹木さんはそう言った。いや、こんな感じならムードメーカーは俺よりむしろ笹木さんじゃないか?
と喋りながら図書室に向かい、控えの椅子に座らされた。
ここでも真ん中に笹木さんが座り、俺と神戸さんは離れていた。
「それでは1回戦の第1試合を行います」
進行役の2年生の図書委員の方が開始を宣言した。
組み合わせは事前に担任の先生同士でくじを引き、決まっているとのことだ。
俺たちの1年7組は、ありがたいことに同じ1年の2組になっていた。ただ万一勝ち進んだら、次は2年生のクラスだ。幸か不幸か、吹奏楽部の先輩はいなかったのは救いだ。
8つの大テーブルに、各クラス代表3名が着く。
俺たちの対戦相手、1年2組の3人は女子ばっかりだった。しかも見たことがない顔ばかりなので、別の中学出身だろう。
男子が相手だったら思い切り行けるが、女子相手だと思い切り行きにくい。
(逆ハンデじゃないか?)
と思わなくもなかったが、やるしかない。
「では始めます…」
2
なんと俺たち1年7組は、1回戦の1年2組、2回戦の2年8組を破り、ベスト4に残ってしまった。
残念ながら準決勝で2年3組に敗れたものの、決勝戦と同時に行われた3位決定戦では1年1組を破り、堂々の第3位となった。
結構商品も豪華で、3位だと銅メダルと賞状、1人につき500円の図書券が当たった。ちなみに優勝したら、図書券が1人2000円分になるそうだ。
「みんなよくやったね!3人のお陰で、1年生で3位に入れたよ!」
ちょうど授業の合間だった末永先生が応援に来てくれ、俺たちを労ってくれた。
「ここまで色々あったよね。でも、3人が力を合わせてくれたからだよ。おめでとう!」
俺は笹木さんと握手し、次に神戸さんを見た。
丁度神戸さんも俺を見たので、そっと手を差し出したら、握手してくれた。
その光景に一番喜んでいたのは、末永先生だった。
「神戸さん、ありがとう」
「ううん、こちらこそ」
俺は握手したまま、神戸さんにどうしても今日言いたかった言葉を掛けた。
「あの…さ…誕生日、おめでとう」
「えっ?もしかして、覚えててくれたの?」
「う、うん…」
「嬉しい…ありがとう」
俺はいくら意地を張っても、嫌いになろうとしても、一度は付き合ったことがある女の子の誕生日は、忘れようにも忘れられなかった。
立場上、何もプレゼントは上げられなかったが、百人一首の本番が1月24日、神戸さんの誕生日当日だと分かった時から、会話できるようになった以上は、何とかしておめでとうだけは言わなきゃ、と思っていたのだが、無事に言えるチャンスがあって良かった…。
去年は別れるキッカケになってしまった神戸千賀子の誕生日が、今年は一応仲直りのキッカケとなったことに、俺は不思議な縁を感じていた。
神戸さんは嬉し涙を俺に見せたくなかったのだろう、パッと俺に対して背を向けると、笹木さんの横に行き、笹木さんもまた良かったじゃん!って感じで、神戸さんの肩を抱いていた。
「ミエ君、なかなかいいとこあるじゃん。もう吹っ切れた?」
末永先生が話し掛けてくれた。
「うーん…。完全に吹っ切れたかというと、そこまではもうちょっと…かな?」
「そっか。キミの傷はなかなか深いねぇ。何とか高校にいる内に、傷を回復させるんだよ。今はそんな心の余裕はないかもしれないけど、きっとミエ君のことを好きだって言ってくれる女の子は、絶対にいるから」
「いたらいいんですけどね…」
「女のアタシが言うんだから、間違いないよ!元気出していこう!」
末永先生は、いつもポジティブに生徒を励ましてくれる。今回の百人一首も、末永先生が担任じゃなかったら引き受けなかっただろうな。
3
百人一首大会以降は、クラスでも部活でも、神戸さんと目が合っても、露骨に避けることはなくなった。
大村と2人でいる時は別だが、神戸さんが1人の時に出会ったりしたら、「おはよう」等の挨拶程度は交わせるようになっていた。
そんな折、3月末に初めての定期演奏会を開催することが正式に決まり、その準備で吹奏楽部内のボルテージも上がりつつあり、2年生の先輩方の不協和音も、表面上は分からなくなっていた。
だが一見調子よく見えている部内で、非常ベルが聞こえている同期生がいた。
アンサンブルコンテストの後、落ち込む俺に声を掛けてくれたトロンボーンの山中と、トランペットの大田だ。
定演の練習が続くある日、俺は突如2人に、放課後使うことがない視聴覚室へ呼び出された。
「どしたん?何かあった?」
俺はバリトンサックスを抱えたままだった。
「上井さ、須藤先輩の後、部長にならないか?」
山中が突然切り出した。横で大田も頷いている。
「はあっ?部長?俺が?なんで?」
突然そんなことを言われても、という気持ちだった。
「今は定演目指してて雰囲気ええけどさ、去年の秋の雰囲気の悪さ、覚えとらん?」
次は大田が言った。
「あぁ…コンクールの後とか、なんか2年生の先輩達が、全然横の繋がりがない感じになって、陰で須藤部長の悪口言ったりね。確かに雰囲気悪かったよな」
「それを踏まえて、4月からは俺らの代になるじゃん。その時、部長として吹奏楽部を引っ張れる人間は誰だ?って考えた時に、男子で考えると、上井、お前しかおらんのじゃ」
と山中が説得にかかるが、俺も抵抗する。
「そこが突然だってば。俺以外でもいいじゃん。俺、中学の時に吹奏楽部の部長やって、懲り懲りなんよ。楽器は好きじゃけど、人の上に立つような人間じゃないし、部員をまとめられるような人間じゃないよ」
しかし山中も引かない。
「じゃあ上井以外の男子で、と考えると、大村は楽器より神戸さんとの付き合いに夢中じゃろ、村山はちょっと挫けるとすぐ逃げ出して廊下でポツンとしとるじゃろ。伊東はビジュアル面はいいけど、ちょっとサボり気味だろ。大田は家庭の事情があって、ちょっと無理なんよ。俺は生徒会やらされちゃっただろ。結局、上井、お前しかいない」
「うっ…。全て封じられた…。じょ、女子が部長ってのは?」
「男女差別じゃないけど、やっぱり部長は男子が務めるべきだと思うんよ」
大田がそう言う。確かにその考えは根強く、俺は途中入部ながら、男子だからという理由で中学の時に吹奏楽部の部長を任されたのだった。
「それと上井の、なんとなくホンワカとしたイメージ。俺ら、コンクールで金賞も狙いたいけど、その前にまずは音楽室に来やすくなる環境作りも大切じゃと思うんよね。上井ならその雰囲気があるし。あとさ、中学の時に部長をやってて、結構上井目当てだったブラスの後輩の女子がおったって、お前と同じ中学出身の奴から聞いたことがあるんよ」
山中は誰から聞いたのか、何度か聞いたそれって本当なの?的エピソードもくっ付けて、俺を口説きに掛かる。明らかなのは卒業式の後の福本さんだけじゃっつーの。
「変な噂が先行しとるよね。そんなにモテたことはないんじゃけど…。うーん、悪いけどしばらく考えさせてよ。俺が部長になったとして、中学時代の悪夢の再現は嫌じゃけぇ…」
とは答えたが、この2人には敵わない。陥落させられそうだ…。
「いいよ。まだ1か月あるから。シミュレーションとかしてみて。勿論俺らがバックアップするけぇ、安心してくれ」
「うん…分かった…」
とは言うものの、俺には中学での部長時代の苦労が甦る。
ワザと指示に従わなかった部員がいたり、注意したら逆切れする部員がいたり。
特に同期の女子数名から文化祭直前に、他の部活の3年は引退しとるのに、ウチらはなんで引退しちゃいけないのかと詰め寄られた時は、何もかも投げ出したくなった。
常に悩みがつきまとい、部長をやってて良かったと思ったことは数少なかった。
中学でさえそうなのに、高校の部活の先頭に立つなんて、自分の器じゃないと思った。
だが中学の時と異なり、少なくとも味方が2人はいる。逆に、中学の時の経験が生かせる。そう考えると、とてもありがたいのではないかと思えたりもする。
この話、受けるべきか受けざるべきか、しばらく悩ませてもらわねば…。
(次回へ続く)
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