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小説「15歳の傷痕」-23

-ムーンライトセレナーデ-

3学期の期末テストが終わり、卒業式での演奏後、定演へといよいよ本番モードで練習漬けの日々がやって来た。

吹奏楽部で一致団結して、3月27日の第2回定期演奏会を成功させなくては、という緊張感で、毎日眠れない日々が続くようになってきた。

だが打楽器の練習では、俺は相変わらず村山のことは無視して練習していた。
広田さんが、俺と村山が担当楽器でかち合わないように配慮してくれていたのもあって、退院して復帰してからは、一度も村山とは話していない。

なんとなく村山が俺に何かを言いたそうな顔をしているのを察知することもあるが、俺は気付かぬふりをしていた。

練習自体も、俺はほとんどエアドラムで得た知識でドラムを叩き、そこへたまにOBの先輩が来て、シンバルとバスドラムは同時に叩いた方がええよ、というアドバイスをもらったりしていた。

村山はティンパニーを叩きたいと、広田さんに言ったそうだが、それは却下したと広田さんが教えてくれた。

そして3学期も終わり春休みに入り、いよいよ定演に向けてラスト1週間となってしまった。

勿論部活は朝から夕方まで。

夏休みにはコンクールに向けての合宿があったが、むしろ今、定演に向けての合宿を張りたいほどだった。

春休み初日に、昼の弁当を後輩の男子と一緒に食べていたら、クラリネットの瀬戸が俺に聞いてきた。

「ミエハル先輩、村山先輩と若本とは、いつまで喋らない…というか、喋れなさそうですか?」

「…うーん、みんなに心配掛けとるかな?」

後輩男子は一斉に頷いた。

「そっか~。率直に言うと、村山と若本が別れたら喋るかもね」

「そんなに先輩、あの2人が許せないんですか?一体何があったんですか?」

「そうやね、アイツらの言い分もあるかもしれんけど、簡単に言うと、そんな裏切りをしてまで付き合いたいか?って感じかなぁ」

「裏切り?」

「俺が若本のことを好きだっていうのは、もうみんなにモロバレだったと思うんよ。で告白したら玉砕したのが体育祭の日。体育祭のあとで村山にそのことを言ったから、俺がどんな気持ちか分かってるはずなんだよね。だけどある筋から聞いた情報だと、アイツらは体育祭前から付き合っとったんだって」

「えっ、そんな早くから?俺たち、全然知りませんでした」

「だから玉砕したことを村山に言った時点で、アイツらはもう付き合っとったんよ。じゃあ、素直に俺が玉砕した時点で、実は…って教えてくれてもええじゃん。なのにアイツ、次の子を探せば?とかえらい軽く俺のことをあしらって、お互いに好きな女の子が出来たら教え合おうとか、不自然な態度だったんよね。後から考えたら、そういうことか、って感じ」

「なんか、ミエハル先輩可哀想ですね…」

「いや、何も悲劇のヒーローになろうとはしとらんよ。たださ、中1の時からずっと付き合いがあるのに、なんで今更隠し事するようなことしてまで若本と付き合うん?別に村山が誰と付き合おうと関係ないし、俺が玉砕したことを言った時点で、実は俺たち付き合っとるんよ、って言ってくれれば、その時点で、アーだから俺はフラれたんだな、で済んだ話なんよ」

「確かに…」

「それが、若本は俺が普通に接しようとしても露骨に避けるし、村山も俺とは登下校の時間をずらすようになったし、なんなんだ?と思ってたら、はいはいそういうことでしたかって話だよ」

「ミエハル先輩、そんな辛い思いを抱えて、アンコンに出てたんですか?」

出河が初めてこの件について喋ってくれた。

「まあ、実はそうなんよ。だから俺と若本って、アンコンの練習の時、一言も喋ってないじゃろ?」

「そう言われれば、確かに…。横で見てても伊東先輩がリーダー的存在だったから、あまり気にしてなかったですけど…。本番の後もそう言えば、何も会話がなかったですね」

「じゃろ?まあ、いつかは解決する時も来るじゃろ、程度に俺は思ってる。その時がいつなのか、来年俺たちが卒業する時なのか、もしかしたら明日なのか、こればっかりは分かんないね」

今度は再び瀬戸が聞いてきた。

「ミエハル先輩の心境としては、どんな状態ですか?」

「心に五寸釘を5本刺されて、やっと2本抜けたくらいかな?ハハッ。だからみんなは、俺なんか気にしないで、曲練して、定演の成功に向けて頑張ってくれよ」

「はい、分かりました!頑張ります!」

いよいよ定演の本番の日を迎えた。

前日には部員の士気を高めるため、ミーティングも元気よく行い、全部俺が責任取るから、今日の帰りに電柱という電柱にポスター貼れ!とか、帰りの電車の中で「明日定演があるらしいよ」とか会話しろとか、本心からそうしろと言ってるわけではないが、冗談交じりで話をして雰囲気を盛り上げた。

楽器は前日のうちにトラックに積み込み、トラックで一夜を明かしてから本番当日に会場で受け取ることになっていたので、ミーティング後は楽器運搬を総動員で行った。

会場の設営は色んな班を作り、部員を振り分けたが、俺はOBの先輩からの忠告で、部長はバタバタ走り回ったりせず、何かあったらここにいるって場所を部員に知らせた上で、全体を見とけ、必要があればそこから指示を出せと言われたので、なるほどと思いつつ、2階席から全体を見ていた。

部員のみんなが一生懸命会場設営に走り回っている姿を見ていたら、部長になってからの1年があっという間だったな…という感慨に浸ってしまった。
最初はやりたくなかったんだよな、とか、選挙戦になって戸惑ったよな…といったことを思い出していた。

正直言って、部長としてやりたかったこと、やるべきことがちゃんと出来たかというと、ロクに出来ていない。

最初の内は1年生の退部に悩み、3年生からの陰口に苦しみ、後半は親友の裏切りに遭ったり、入院までしてしまったし、各種コンクールでは一つもゴールド金賞を取れずじまい。
部長職としての採点は0点とされても文句は言えない。
初代から3代目までの部長とは格が違う。本当に頭が上がらない。

でも、打楽器へ移籍して必死に頑張ったコンクールは最大の思い出だし、ソプラノサックスを吹かせてもらったのも良い思い出だ。何より今日これからの定演、これを無事に終わらせることが最後の大仕事!

「ミエハル先輩~!2階から見て、ステージはどうですか?」

ステージ担当に任命した1年生の瀬戸が、大きな声で俺に呼びかけた。

「オッケー!じゃ先生に、ゲネプロ行くかどうか聞いてみてよ」

瀬戸は福崎先生に確認し、大きな丸印をくれた。

よし、最後の大仕事スタートだ!

定演は3部制で行った。

俺は、1部はティンパニー、2部と3部はドラムという担当になっていた。

出番前には1年の宮田さんが突然、1部の曲のスネアが怖いと言い出したので、待機中に俺の背中で練習しな、と前かがみになり、スティックでどんどん早くなるリズムを叩かせて、落ち着かせたりもした。

しかしいざ本番となると、俺自身がド緊張してしまい、1部のティンパニーはなんとかこなせたものの、2部のドラムは初めての人前での演奏とあって更に緊張が増してしまい、1人で福崎先生の指揮を無視して突っ走ってしまった。

2部の後、みんなから、「ミエハルどこまで加速すんねん!」とか「先生が慌てとった」とか、色々言われてしまった。穴があったら入りたいってのはこういうことだな~と思った。

3部では福崎先生の指揮も見ながら落ち着いてドラムを叩くことが出来たので、自分でもまあまあの出来だろう、と思った。

その程よく抜けていた緊張感に再び襲われたのは、最後の部長挨拶だった。

先月のステージを病気で欠場してしまい、部員のみんなに迷惑を掛けた分、絶対今日は頑張るんだと思って練習してきた…と話した後、急に色々な出来事が走馬灯のように流れ、涙が溢れてしまったのだ。

事前に考えていたセリフが吹っ飛び、最後は滅茶苦茶な挨拶になってしまった。

だがそれでもお客さんは暖かい拍手を下さり、部のみんなはステージで足を踏み鳴らしてくれた。

挨拶後、もう1曲アンコールで演奏し、第2回定期演奏会は無事に終わった。

終わった後の脱力感が凄かった。だが大村が「挨拶、よかったよ」と握手しに来てくれ、「お疲れさま」と言ってくれた時は、再び自分の中にこみ上げるものがあった。

撤収しながら、広田さんと宮田さんにも言葉を掛けてもらったが、広田さんは「思わず泣いちゃったじゃん!」と苦笑いしながら、俺の頭をマレットで軽くポコッと叩いた。

宮田さんは、「定演が終わったら、ミエハル先輩も広田先輩も辞めちゃうんですか?」と聞いてきた。

広田さんは、しばらく打楽器の1年生を定着させるために残る、と言ってくれ、目途は文化祭かな~とのことだった。

俺は、夏のコンクールまで居座るつもりだった。

これだけ吹奏楽部に1年間、身も心も捧げてきたのだから、部長職は規約通り後輩に譲って、気楽に一部員として部活に参加するつもりだった。
この先、夏のコンクールなんて二度と出れないかもしれない。
そう考えると、春で引退というのは、俺にはあり得ない選択肢だった。

「でもミエハル、残るとしてもサックスに戻るん?」

広田さんはそう聞いてくる。

「ミエハル先輩、打楽器に残ってくださいよ~」

宮田さんもそう訴えてくる。俺自身、迷いはあったが、今からサックスに戻っても居場所がないと思っていた。

「もちろん、打楽器で残るよ!」

「えーっ、本当ですか?やったー♬」

「でも、1年生も獲得しようね、宮田さん」

「はい。既に1人は確保してあるんですよ」

「えっ、凄いじゃん。どんな子?」

「アタシの中学時代の後輩で、部活もあたしと同じバスケ部だった女の子です。ミエハル先輩、ピチピチの女子高生なり立ての子が来ますよ~」

「ウヘヘ♬って、そんなに飢えてないっつーの!」

夏に打楽器へ移って以降、どれだけ広田さんと宮田さんのトークに心が軽くなったことか。特に広田さんは親身になって俺なんかのことを心配してくれたし、宮田さんは俺が悩んでそうな時には、必ず明るい話題、楽しい話題を話し掛けてくれた。

2人には感謝しかない。

一方村山は、とみてみると、トラックへの楽器の積み込みを仕切っていた。

(若本が見てるから格好良いところ、見せてるんだろうな…)

と冷めた目で見てしまう自分と、何時までそんなに突っ張ってるんだ?と問い掛ける自分もいた。

大村と神戸のカップルを許容したように、村山と若本のカップルも許容すればいいんじゃないか?

今日の定演でも、村山は精一杯頑張って打楽器の穴を埋めてくれたじゃないか。

つい眉間に皺を寄せて考えていると、広田さんに肩を突かれた。

「はっ、ビックリした~」

「え?何よ、ミエハル頭の中がどっか宇宙にでも行ってたの?」

「いや、まあ、考え事をちょっと…」

「考え事は後回しにして。福崎先生がミエハルを探してたよ。それを伝えようと思って」

「え?先生が?ありがとーっ」

俺は福崎先生がいそうな場所を探した。その前に広田さんに何処へ行けばよいか聞けばいいのに、ここが俺の悪い点だ。

先生は喫煙所にいた。先生も疲れただろう。

「スイマセン先生、俺を探してらっしゃるとか…」

「おぉ上井、まあ座れよ」

「はい、じゃあ失礼して…」

と、先生の真向かいに座った。

「お前、何飲む?」

「えっ、いいんですか?じ、じゃあ缶コーヒーを…」

「どれがええかの…。俺にはよー分からん、お前が好きなの買ってくれ」

先生は俺に100円くれた。すいません…と言いながら、俺は好きな銘柄の缶コーヒーを買った。

「ありがとうございます、いただきます」

「おう。飲みながら聞いてくれ。まずは1年間お疲れだったな。感謝するよ」

「いえ先生、俺なんかが部長になったから事件ばかり起きたんじゃないかと思って、責任を痛感してます」

「そうだな、色々あったよなぁ。特にお前の場合、公私共に、な」

「…はい」

「でも俺が見てきた中で、お前が部長をしてくれたこの1年って、今までで一番、部内の雰囲気が良かったんよ」

「えっ、本当ですか?」

「ああ。特に1年生と2年生の仲が良かった。今までは、縦の繋がりって、パート単位ではあったかもしれんけど、全体的にはなかったんだよな」

「確かにそうですね。そこは俺や山中、大田で、去年から変えたいねって言ってた部分なんです」

「やっぱりそうか。だからこれまでとは部内の雰囲気がガラッと変わったんだな…」

「まずかったでしょうか」

「いやいや、良かったんだよ。まあ1年生が予想より多く退部してしまったのは誤算だったけど、いつも部の雰囲気がいい感じじゃろ?俺もやりやすかったよ、この1年」

「先生にそう言っていただけると、報われたーっ!って、叫びたくなりますよ」

「ハハハッ、叫んでもいいぞ」

「いや、遠慮しますよ。ところで先生、私に話があるとのことでしたが、まだ何か他にもありますか?」

「おお、それなんだが…」

なんなんだろう?この1年の総括はしてもらったし、まだ何の話があるんだろう?

「上井よ、夏のコンクールまで部長をしてくれないか?」

(次回へ続く)

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