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エッセイ・コラム

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感じた事をいろいろ書いていきますので、読んでみてください。
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#エッセイ

季の詞

季の詞

なぜか言葉に対してふつふつと想いが湧いてきた。

言葉は元来、人と人との間での意思疎通、物事の伝達手段として存在している。
ただどの地域で生まれた言葉も、変化を伴い、またひとつの言葉にいくつもの意味合いを内包させ発達していった。消える言葉があり、あたらしく生まれる言葉もある。
言葉の中にはニュアンスとして、文化的情緒が付随されているケースも多い。

そんな中、世界を見渡すにはハードルが高いが、日本

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閉じなかった神話

閉じなかった神話

異論はあろうかと思う。これは単なるわたし個人が感じている事であり、尚且つ上手く伝えられる気もしないのではあるが……

八百万の神々を人の暮らしの傍らに送り、それ自体はスメラミコトに繋がり閉じていった神代。そしてその後時を経て生まれた伝承や民話の数々。
職業集団の一種である『語り部』が奏上した神代ではなく、生身の人々の口と心が語り継いだ物語は、ある意味『閉じなかった神話』と言えるかも知れない。

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エッセイ 花

エッセイ 花

桜前線とは心踊る言葉ですね。
毎年毎年の事ながら、短くも咲き誇る花を愛でる。季語において、心の目で見る桜を「花」と言い表す奥深さには、さもありなんと頷くばかりです。

「花と言えば桜」とは、平安時代から。それ以前は「花と言えば梅」であり、それは唐風文化の影響から来ている、と言われます。
ただこれは文芸にも投影する風情の話であるようにも思えるのです。
どうも桜には、眺めて楽しむ以上に敬う理由があった

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単に気持ちいいからだけかも知れないけど…

単に気持ちいいからだけかも知れないけど…

木曜日、久しぶりにロミロミを受けてきた。

神話を中心にしたハワイの民族信仰の中でもとりわけ重要なものに「マナ」がある。
これは、万物に宿る生命力と言ったらいいだろうか。東洋思想の「気」にも例えられるかも知れない。マナは神々に繋がる力として考えられてきた。
各酋長はマナの力が強いとされ、それを受け継ぐ形で酋長は世襲されてきたようだ。マナは血族間で受け継がれるのが摂理だと言う。
ここでいかにも民族信

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一語一語が育てた文芸

一語一語が育てた文芸

秋の季語に桐一葉と言う言葉がある。
桐の葉が一枚散る様を見て秋の訪れを知る。季節の移ろいを受け入れて黙って落ちる姿に、衰微の兆しを感じると言った意味を持つ。

人の心の機微を内包した情緒豊かな言葉が季語には多い。
季語に定まらない言葉にあっても、豊かな表情を持つ語句が、日本語には多く存在する。

日本人が俳句と言う文芸に行き着くまでには、長い長い歴史が存在する。
実際に節をつけて歌われていたであろ

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え、そこで完結ですが

え、そこで完結ですが

正直、唐突過ぎるのだ。
神話部に寄せるコラムや論考もどきの記事が。
当のわたし自身がそう思っている。それを何とかしてくれているのが神話部の存在だ。

部長の矢口さんが覚え書きを出された。これは神話というモチーフであるがゆえ、非常にデリケートに扱うべきという信念の現れだと思っている。
宗教性や信仰性と切り離す事が難しく、思想の誘導を促しかねないからだ。

エッセイ、コラムの類いを書く時に気を付けてい

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根本的な動機は

根本的な動機は

自分の創作の動機なるものを考えてみた。それは「好きだから」とはっきり言えるものでもないからだ。全くもって身も蓋も無い。

興味があったからだ。それは父が心の中で見ていた世界についてだ。
父は実に迷惑な人だった。母やわたしの兄弟はそちらの印象が強いようだ。それはそう言われても仕方がない行動が多かったとは事実なのだ。
自由人ゆえに非常識と言ってもよい。

信じられない行動をとった後、振り返ると結局良か

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昭和がある桜の下

昭和がある桜の下

毎年のように出しているこの桜。

夜はいくつかテーブルが出て、焼き鳥を肴に、一杯ひっかけながら桜を楽しむ。
イルミネーションとは呼べないほんの少しの電飾と提灯の夜桜だ。

ソフトドリンクが良ければ「自販機で買って」と言われる。自販機の値段も安く設定されている。

昼間は缶コーヒーでタバコ一服の息抜きに人が集まる。スタンド式の灰皿が置かれているのだ。
駅前であっても敷地内と言う見立てだろうか、取り締

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弾丸お墓参り

弾丸お墓参り

我が身の真を示すために産所に火を放ち、三柱を産んだという伝承を持つ木花咲耶姫。
富士の御祭神は、美しくも怒りを買ったとあればなかなかの強者。
天孫邇邇芸に不貞を疑われたとは、女のプライドが許さないのだと。姉の石長比売と性格は似ているのかも知れない。

夏至の時、伊勢神宮の入り口とも言われる二見興玉神社の夫婦岩の真んから太陽が登ることが知られているが、富士山から伊勢神宮を通った直線を引いた場合、その

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季語に宿る

季語に宿る

万葉集、古今和歌集に季節分類の箇所が見られるように、季節詠みは古く和歌の時代から日本の詩歌には欠かせないものだったと言う。
季語が成立したのは平安時代後期。連歌俳諧を経て俳句に受け継がれている。

以前、古典を中心に、日本の文芸においては呪術的感性が根付いていると書いた。

「宿る」と感じる精神性だ。

季語の存在は、その流れにあるものだと考えている。俳句で季語を使うのは、単なる「ルール」と言うだ

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振り返ってみると

振り返ってみると

まもなく年越し。今年もわずかとなりました。

わたしは詩を主体にしていますが、noteだからこそで言えば、今年も神話部の活動とハイクサークルに衣替えした俳句に取り組んできました。

そもそも詩の歴史は神話に始まり、その後韻文を主軸に発展してきた経緯を持ちます。同時に現時点で俳句は、日本の文芸の中では韻文の一番新しい形態であると言えるのではないでしょうか。
個人的にはその視点で取り組んでいます。

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神話部二周年記念企画に寄せて

神話部二周年記念企画に寄せて

note神話部と言う同人活動ができてまもなく二年になる。
元々神話のモチーフを入れ込んだ創作をポツリポツリとやっていた事もあり、楽しんで参加させて貰えるのはありがたい限りだ。

神話部に寄せられる投稿を見ていると、エンタメから思想哲学まで幅広くカバーされているのでおもしろい。
そんななかで、わたしにとって神話との向き合いの方の基本は「なぜそのような神話ができたのか」「そのストーリーにどのような意味

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フラワーアレンジメント

フラワーアレンジメント

先に言う。
わたしが挿した訳じゃない。

花を仕事にしている娘が作ったものだ。

この秋娘は転職した。今まではプリザーブドやドライも扱っていたが、今は生花専門だ。
そこで意外だったのは、仏花が非常に多いと言う事だったようだ。娘は元々婚礼装花から花に入ったので、余計そう感じるのかも知れない。

お盆やお彼岸以外にも、仏壇があるお宅は花を添える。
日本では実は婚礼よりも葬儀の方が、礼を尽くすと言う意味

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民族性だからこそ言葉を変えてみる

民族性だからこそ言葉を変えてみる

「同調圧力」この一年、どれ程聞いただろうか。

様々な推測や仮説に決着をつけるもののひとつに「発掘」がある。
埋まっていた地層から年代を測定し、解析を加え証拠として提示されてきたものの中には人骨もある。

国家としての体裁を整えてから現代までより遥かに長い年月をかけて積み上げられた民族性は、島国であったことから外敵による転覆を逃れてきたこの国の中では、むしろ上書きされても、否定する事は容易ではなく

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