貧しさと信仰率

貧しさと信仰率は比例する。

心が貧しいほど、生きていく為の糧が必要になる為だ。

神さまに掌を合わせ祈り、自分の心を保とうとする。
「この神さえ信じていれば、このお供えさえしていれば、必ず助かる」と謳い時間とお金、精神を日々神事に注ぐ。

なぜそういったものを人々は信じるようになったのか?

人生に起こるさまざまな事柄に途方に暮れ、不安や満たされなさがとめどなく押し寄せてくるからだ。あまりの苦しい体感に打ちのめされて、生きることを諦めてしまわないように、そんな環境状況下でも精神を保てるようにと心を預けられる場所を求める。

自分の内側の声は無視して、外側の何かに縋りたくなる。
そうして外から輸入した思考を採用し続けているうちに、自分の本音という声は聴こえなくなる。

どうすればいいのか?ますます分からなくなるため、より一層信仰に力が入り、いよいよ神なしでは生きていけなくなる。

人間は弱ってくるほど、外側に答えや救いを求めるという習性がある。

宗教の教えは、人間の苦労や貧しさ、不幸、報われなさを正当化するのにはこの上なく良いのだ。


病気や不幸に見舞われている人ほど、心の高尚さを謳い、またそうだと信じたくなる。
自分の悪い部分を「いいもの」と無理に変換し、
現状の自分のことを棚に上げて
人のため世のためにすべきことを、と提唱する。

人間は、自分が満たされていない時ほど、人助けというものすることによって得られる人からのお礼や役に立ったという事実を自分の価値と繋げて受け取りたくなる。

だが人の為と書いて『偽』なのだ。

偽のエネルギーから働きかけたものが何を良くするのだろう。

人の為に何かをするという視点からの原動こそが
自分を置き去りにすること、つまり自身の人生放棄の始まりになる。

心が満たされない理由と、あなたの根底にある本当の問題とは?

こちらの“体の手入れ”を始めて、本当の底にある不調や欠乏の原因と向き合い、解決を求める人こそが救われるのだということを深く体得している。

「その場凌ぎ」は終わりにして、根底から問題を解消し、本来の自分に戻って偽りのない自分の人生を生きることを今から始めてみませんか?



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