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人間のキャラクターでなくても伝わる人間らしさ(贄姫と獣の王)

贄姫と獣の王というアニメが現在放映中だ。元々は花とゆめで連載していた少女漫画だが、異世界を舞台にしたいわゆる人間の女の子と魔族の王のただのラブストーリー…ではない。少なくともいちゃいちゃ要素はそこまで感じない。それよりも感じるのは信頼関係だ。結婚を前提として異種の存在である人間と魔族との関係性をどうするか、というテーマのある物語のようにも思う。

基本的に主人公サリフィは魔族にどうやったら認められるかと奔走する。獅子の姿をしている魔族の王ことおーさま(サリフィはこう呼ぶ)の心をぐっとつかみ、周囲の魔族たちの心をつかみ、友達の恋を応援し、自分を追い出そうと試練をたきつける宰相に立ち向かい続けるのだが、サリフィの性格もあってかどこかほのぼのとし可愛らしいのが少女漫画っぽさだろうか。


私はラントべルトという主人公サリフィのちょっと生意気な性格の護衛キャラが好きである。出てきた当初は心理的に反発したシーンがあったのだが、気が付いたら好きになっていたのだから謎だ。それはおーさまに対峙した時に直接決意を試すようなことを言われた時の台詞にある。かなり前に漫画を読んだくらいなのであやふやではあるが、こういう言葉だった。

「自分を好きじゃないやつなんかいない」

ラントベルトは種族的にハイエナであり、その世界ではかなり下位に位置されている。それにもかかわらず、自分に誇りをもって生きているということがわかるシーンだった。他のやつらにどう思われていても構わない、いつも自分は自分でいるといった度胸を感じさせられた。その結果おーさまにも認められて見事信頼を勝ち取った。それでもサリフィへの生意気な態度は変わらない。生意気ながらも確かな実力で守ってくれる心強い味方になる。


さて、問題はどうして私がラントベルトの先の台詞で反発したのかということにある。私は初めて「自分を好きじゃないやつなんていない」という台詞を読んだ時に「自分を嫌いな人もいるんだよ!」と憤りを覚えた。同時に「この漫画の作者はこの言葉で傷つく人がいることを考えていないのだろうか?」とも思ってしまった。よくわからない被害者的な感情ではあるものの、ラントベルトのこの台詞は時間が経っても心の中に残り続けた。けど悪い意味ではない。ただあの台詞にあんなに反発した本当の意味は何だろうという気持ちがもやもやとくすぶり続けていたのだ。その後回を追うごとにラントベルトというキャラクターに対しての好感度が上がっていったこともあるが、どうもそれだけではないような気がした。

心の中でしばらく寝かせてみてわかったのは、私が普段から自分軸を持って生きることができていないというところにあった。私はあまり自己肯定感というものが高くない。よって自信もない。何か失敗するとよく自分を嫌いになったりする。よって自分を好きだと言い切るラントベルトとは私にとっての強い反発と強い憧れを持ち合わせているキャラクターだった。憧れるとはつまり羨ましいと思っているということだ。羨ましいとは自分にもそれがあればと思っているということだ。だから本当は自分はそれが欲しいということがわかっている。けど簡単には手が届かないとわかっているから反発する。

おいしそうなぶどうだからと手を伸ばしたのに届かない。そのことに腹を立てて「どうせあのぶどうは取ったって酸っぱくておいしくなかったさ」なんて吐き捨てるという、酸っぱいぶどうの法則というものだ。私は本心ではラントベルトのように誇りをもって声高に「自分を好きだ」と主張できるような人になりたかった。だから憧れるのと同時にそうはできない自分の状態に恥ずかしいという感情を抱いたのだ。でも結局はその台詞に込められたメッセージがどんどん心の中に浸透していって、ラントベルトというキャラクター自体にも無意識で好感を抱いていったのだろう。


そういった好きになり方をしたのは今まであんまりなかったように感じる。どういう法則で自分が誰かを好きになるのかということが人間のキャラクターではないのでわかりにくかった。人間のキャラクターだとどうしても見た目などのアイコンに左右されてしまうからだ。それが獣族(物語上は魔族だが)というキャラクター造形だからこそ内面で選ぶことができた、とても興味深い体験だった。

そして私はBEASTERSという、やはり人間という種族が出てこない他の漫画も好きだ。そういった世界観の漫画を好んで読んでいるわけではないのだが、とても面白い。今度は草食動物であるアカシカで学園のカリスマ、ルイ先輩に惚れ込んでいる。やっぱり内面だけでいうのなら自分を貫き通せるような強さを持つタイプが好きなのかもしれない。BEASTERSもまた獣同士の青春だけでなく異種族間での差別、草食肉食として対等に生きていくことの難しさ、そしてそれでも築くことのできる信頼関係を感じさせる漫画だ。青年漫画なので視点が違っているところもまた面白い。男性視点なだけあって、主人公のハイイロオオカミであるレゴシをはじめオスのキャラクターの生き様がかっこいいと感じることが多い。

人間が出てこない漫画で人間くさい感情を楽しんでいる。

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