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お金があったなら、人生もっとハレるのか


前回のあらすじ▼
「ミサキさん」は、信じていた。
誰にだって【幸せ】になる権利はあるー
しかし、待っているだけでは【幸せ】は思うような形では享受できないと知った。

【幸せ】という花を開花させるためには、光や肥料といった栄養を与えていく必要がある。
どんな色、どんな形の花を咲かせても良い。
自分自身のペースで、時にはまわり道をしたり、立ち止まったりしながら
【幸せ】になる考え方を実践して少しずつ栄養を補給しながら芽を伸ばしていき、
いつかとびっきりの美しい花を咲かせたい。

そして、「ミサキさん」は誓います。
「絶対に【幸せ】になる」

「お金で幸せは買えない」について考えてみた

最近、ふと考えることがあります。

「もしも、もっと私に収入があったならば、
     子どもはより【幸せ】を感じるのだろうか?」とー

少なくとも、私自身は、「もっと収入があったならば【幸せ】になれるだろうに」と考えることがあります。
一方で、お金があったからといって、必ずしも【幸せ】かと言われたら、決してそうとは限りません。
それは、以前の記事にある【幸せ】の解釈からも言え、そもそも【幸せ】の価値観は人それぞれであり、お金でその【幸せ】の価値観を買うことはできないからです。

しかしながら、【幸せ】になるための方法を実践することで、各々が持っている【幸せ】になるための権利を活かすことができるのもまた事実です。

ただし、私の冒頭の考え、「もっと収入があったならば【幸せ】になれるだろうに」、には頷かれている方も少なくないのでは?とお察しします。
では、私を含む、大勢の皆さんがお金で【幸せ】は買えないと分かっているにも関わらず、なぜ私たちはもっとお金があったならば【幸せ】になれるだろうに、と考えてしまうのでしょうか。
それは、お金があれば人生において、もしくは日々の生活において、私たちが選ぶことができる選択肢の数が増えるからではないでしょうか。
例えば、家探し。皆さんは、家賃の上限を設定して家探しをされると思います。当然ながら、シングルマザーである私も毎月払っていくことを想定して家賃の上限を設定して家探しをしました。もう少し、収入に余裕があったならば、もう1部屋、部屋数が多い広い間取りの物件を選ぶことができるのに、当時はそんなことを思ったと思います。ですが、今思えばこの物件は立地が非常によく、私はそれなりに満足しております。

つまり、学校選びにしろ、物件選びにしろ必ずしも高額なお金を払って選んだ選択が後に【幸せ】に直結するとは言いにくいですが、お金があることで人生のあらゆる場面で選択肢を増やすことができるということは概ね間違いはなく、上述より、少なからず【幸せ】と ”お金” には浅からず関係性があるとは言えそうですね。

お金がない状態は不幸なのか

さて、お金があると【幸せ】になるうえで選択肢が増えるのであれば、お金がない状態はあらゆる場面で選択肢が少なくなりがちである、ということになります。では、お金がない状態は不幸な状態なのでしょうか。

いいえ、そんなことはありません。
確かに、前述したように【幸せ】と ”お金” には浅からず関係性がありそうですが、必ずしもお金がない状態が不幸であるとは断定できません。
一方、お金があると前述のように選択できる選択肢が増えますから、結果として物質的欲求を満たすことができることになりますので、”お金”があると、”お金”がない状態よりも、より満足した状態でいられると推測ができます。

以下、2019年に発表された内閣府による「満足度・生活の質に関する調査」です。これは、世帯年収と主体的な満足度を点数で表したものとなります。

「100万円未満」5.01点
「100万円以上300万円未満」5.20点
「300万円以上500万円未満」5.68点
「500万円以上700万円未満」5.91点
「700万円以上1000万円未満」6.24点
「1000万円以上2000万円未満」6.52点

また、同じ調査の2023年度版では、年収ごとに仕事への意識の違いをグラフにしているものがありますが、2023年度調査では、年収が上がるにつれて「やりがいを感じる」「喜びや楽しみを感じる」人が多いことがわかります。

以上より、収入がある人のほうが満足度が高い傾向が強いと言えるので、やはり ”お金” と【幸せ】には浅からず関係性があると言えるでしょう。
よって、 ”お金” がない状態が不幸であるとは言いきれないものの、 ”お金” があった方がないよりも満足度の高い日常が過ごせると考えることができ、 ”お金” がないと不幸を感じやすいとは言えるのかもしれません。

シングルマザーは不幸なのか

先ほど、 ”お金” がないと不幸を感じやすいのかもしれないと言いました。
ですが、冒頭から申し上げているように【幸せ】を ”お金” で買うことはできません。さらには、【幸せ】の価値観は人それぞれ違うことからも、 ”お金” がないと不幸を感じやすい、または ”お金” があると【幸せ】を感じやすいと言い切るのは難しいと思います。
なぜならば、決めつけや偏見、先入観と言われるバイアスは良くないと考えるからです。

例えば、育った環境が恵まれたものでなければ、その人や子どもは不幸でしょうか。離別、死別など何らかの理由で配偶者を失った人は不幸でしょうか。片親で育った子どもは必ずしも不幸でしょうか。
確かに、今挙げたような人たちや私のようなシングルマザーを「可哀想だ」、「大変そうだ」と言う人は多いかもしれませんし、そういった感情から派生して不幸だ、と先入観を持ってしまうこともあるかもしれません。

しかし、私含めここに挙がった人たちが皆不幸かと言われたらきっと違うと思います。
実際に、私は「もっと収入、 ”お金” があったならば【幸せ】になれるだろうに」とは確かに思いますが、かと言って決して今の状況が不幸だ、とは思いません。

ですが、やはりシングルマザーである以上、現状は、 ”お金” が十分にある状態とは決して言い難く、総じて「可哀想だ」、「大変そう」、「不幸である」と言われるのは無理もないと考えます。
一方、シングルマザーであってもばりばり稼がれている方もいらっしゃるでしょうし、むしろ私よりも経済的な困窮状態の方もいらっしゃるかもしれません。つまり、全ての方が私と同じ状況ではないと考えると、①シングルマザーはお金がない、②お金がない人は不幸だ、などと先入観を持ってしまったり、決めつけてしまったりするのは、少し注意が必要ではないでしょうか。

バイアスと共に生きる

他方で、私たち人間は、日々たくさんのバイアスに囲まれかつ影響を受けて暮らしていると聞きます。バイアスの影響を受けないようにすることは難しく、だからこそ私は先ほど言ったようにシングルマザーという括りで「可哀想だ」、「大変そう」、「不幸である」と言われるのは無理もないと考えます。
私自身シングルマザーだから大変だ、不幸だとよく言われたものです。もう聞きなれたのでこれらを言われたり、このように見られたりすることで私自身が傷つくことはありません。
しかし、バイアスも行き過ぎると自分自身にそのつもりがなくとも相手に対して不愉快な気持ちにさせてしまったり、虐めや差別のきっかけになってしまったりすることも少なくありません。

ですから、私たちは日々何らかのバイアスの影響を受けて生活をしていることを自覚し、そのうえで自分自身の今の考えは虐めや差別のきっかけになっていないだろうか、と時々立ち返って考えてみていただけたら嬉しいな、と思います。

まとめると、
”お金”があると、”お金”がない状態よりも、より満足度の高い日々を過ごすことができることから、【幸せ】になるためには、【幸せ】になるための考え方の実践と、最低限の”お金”が必要だと考えることが可能そうです
しかしながら、お金持ちが必ずしも【幸せ】とは限らないですし、シングルマザー全員がお金がないとも限りません。はたまた、お金がない状態は絶対的に不幸かと言われたら決してそうではないということも再度述べておきましょう

【幸せ】と ”お金”。
切っても切れない、浅からず関係性がある両者。
過少な”お金”では【幸せ】な生活を送るには不十分である一方、過大な”お金”があれば必ずしも【幸せ】とも限らないとは、私たちが【幸せ】になるということは、とても難しく複雑であると思いませんか。

改めて【幸せ】を花と置き換えて考えましょう。
この花を綺麗に開花させるためには、光や肥料といった栄養を与えていく必要がありますが、 大量の水をかけてしまうと上手く育ちませんし、逆に水をかけず光ばっかりを与えすぎたりしたら花は咲けずに枯れてしまうかもしれません。
同様に ”お金” も【幸せ】という花を咲かせるための栄養と考えるならば、私たちが【幸せ】になるうえでは適当な量が必要である、と想像していただけるでしょう。

そして、「ミサキさん」は誓ったのです。
適当な量の ”お金”を確保し、【幸せ】になる考え方を継続して実践し、
絶対に【幸せ】になるのだ、と。

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