ならなくなった救急車。
午前9時過ぎ。けたたましいサイレンの音を周囲に響かせながら、山間(やまあい)の限界集落に救急車が走ってきた。救急車はそのまま、僕の家の前を素通りしていく。
ここには、16世帯しか住んでいない。それに住民の9割以上が高齢者だ。
母親が僕に問いかける。
「誰の家に向かっているんだろう?」
「わからんな」
僕はそう答えた。
しばらくして、救急車がサイレンを鳴らすことなく帰っていった。さきほどまでの大音量のサイレン音が、まるで嘘であったかのように静かだった。
それにしても、急いでいるはずなのにどうしてサイレンをとめたのだろうか。ふとした疑問が頭の片隅に浮かぶ。
「誰かが亡くなっちゃったんだな……」
去り行く救急車の遠影をじっと見送りながら、看護師だった母親がしんみりとした口調でそう呟いた。
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