見出し画像

君もどっかで見てるんかな。

長かった電車旅が終盤を迎えた。新庄駅から酒田駅へ移動するため、バスに乗りこむ。なんでも、トンネルの工事に伴い、しばらくはバスでの代行輸送なんだそうだ。

「乗客が少ないので、好きなように座席を使ってもいいですよ」

バスの運転手のアナウンスが車内に響き渡る。荷物が多かったから、めっちゃラッキーだ。隣の座席にザックを、通路にはスーツケースを置く。スーツケースは動かないように横に倒した。

背もたれを少しだけ倒し、缶コーヒーを片手にひと息つく。走行するバスの底から伝わる微かな振動が心地よい。

時刻は午後6時にさしかかる頃。太陽が雲間から顔をのぞかせた途端、斜陽がフロントガラス越しに降り注ぐ。あまりの眩しさに目を細めながら顔をそむけ、手で庇(ひさし)をつくった。

手庇(てびさし)をしたまま車内を見渡す。天井・窓・通路・座席、そして乗客…。車内のあらゆるものがすべて、茜色に染め上げられていた。

バスは交差点で左折し、夕焼けは右側の窓へ移動する。頭を窓にもたれかけ、夕映えの西の空をぼんやりと眺める。太陽が徐々に地平線に沈むにつれて、空の赤みが増していく。

あの子の顔がふっと思い浮かぶ。高校生の頃に出会った、友達以上恋人未満の女の子。なんだかんだあったけれど、彼女とは結局付き合うことなく、離れ離れになった。

あれから16年。彼女の顔や声、仕草なんかはもう、はっきりと思い出せない。あれだけ好きだったはずなのにな…。人間の記憶ってそんなもんか…。

もしかしたら君も、今頃どっかでこの空を眺めているんかな。そんで僕のことを思い出したりさ。って、そんな偶然あるわきゃないか。

酒田駅に到着するまで、あと1時間ほどある。夜に向かいつつある、薄暮に包まれた街並みをしばらく眺めたのち、僕はおもむろに目を閉じた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?