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心穏やかであることが基本

人生の指針

人生はまさに冒険である。毎日が何が起こるか分からない。わくわくドキドキする生き方こそ、最高である。どうしたものか、そういう生き方に憧れる。そう思っていると、急に周りが勝手に輝きだしてしまう。

そして、あんたの生き方は、詰まんないと突き詰められている気分になってしまうのでした。

僕自身も分っていませんでした。毎日同じことをしていることに対して、退屈を感じてなのか、日常を拘束されていると感じてしまっているのか。次第に平凡な日常であることが不安になるのか、自由を求めてしまう。

実はそこにこそ、幸せが眠っているのにも関わらず。それに、いざ自由を与えられると、どうしていいのか分からずに、戸惑うばかりなだけなのに。

僕は、一度だけ様々な縛りから逃げ出したことがあるから知っている。自由とは、案外寂しいものなんです。多くの人は、何かを与えられたかのように、毎日を忙しく頑張っている。なのに、僕は、何もすることがないまま、家に閉じこもってばかりいたからです。自由になったら、あっちこっちと羽ばたけると思っていた。

それには、かなりの勇気と力がいることが分かったのです。臆病で逃げ出した僕には、到底出来ないことだったのです。

当時の僕は弱っていたんだと思います。社会に、上手く合わせることが出来なかった為に、たくさんのいじめにあったし、勉強が出来なかった為に会社からは奴隷のように扱われたからです。

そんな当時の僕の憧れは、毎日色んな所を飛び回り、いくつもの事業に関わり、食事は、毎食色んな人との会食をしているようになる人でした。そんな人は存在していないのかもしれない。だけど、成功者はみんな、そんな生活をしているものだと思い込んでいました。心が傷付くほど、ボロボロだったのに、僕が求めていたのは、刺激だったのでした。

何が言いたいのかというと、私たちは生きる指針において、求めているものが、夢や希望であったり、情熱を持って生きることに、非常に強いあこがれを持っているということ。僕のように心はボロボロであってもです。

夢や希望、情熱を持っていきることは正しい生き方。そして、逃げたり、諦めたり、無気力になることを悪いことだと決めつけ、そういう概念にとらわれているのです。

コンフォートゾーン

僕らが常に刺激を求めているということを、理解した上で、不幸であることもまた、刺激であるということ。

夢に向かって生きる中で、困難が目の前にやってくると、ワクワクするものだと言われています。困難の中でも、ワクワクドキドキ出来るということです。自分の状況が違えば、その困難はたちまち苦難や不幸に変わってしまうのです。つまり、不幸であることも、刺激であって、心は興奮状態であることなのです。その刺激は、癖になり、不幸を無意識に求めてしまうことになるのです。
いつも心が興奮状態であることは、凄く刺激的であはあるものの、薬物中毒者をイメージしてもらえば、分かりやすいのだけれど、必ず、心身に不調をもたらしてしまうものなのです。ですので、僕らの心には、どこかで穏やかな状態であることが必要であるのだということです。

コンフォートゾーンとは、「快適な空間」を意味する言葉です。心理学などでは、ストレスや不安が無く、限りなく落ち着いた精神状態でいられる場所だと示されています。つまり、僕らの心の状態が、コンフォートゾーンの中にある状態であることこそ、幸せを感じられる場所ではないでしょうか。

心が弱ったら望むこと

誰もが自分の生き方にジレンマを抱えていきている。恋愛だって、大恋愛に憧れる。しかし、その大恋愛の先に幸せがあるのかというと、そうではないということなのです。失恋したら、今度はもっといい恋をしてやるとか、もっと凄い人と出会ってやる。そうやって、自分の傷を癒そうとします。しかし、そんな思いは、余計に色んなことが見えなくなってしまって、迷走してしまうものです。

人生も同じように、心が弱ってしまうと、つい過激的で刺激的なものを求めがちになります。でも、それが余計に困難や苦難へと進む結果になってしまうのです。困難もまた刺激だからです。

弱っているときこそ、目指す場所は、コンフォートゾーン。心を穏やかにすることです。心の安定なのです。それは、僕らが普段、退屈だと感じている日常にこそ、刺激は少なく、心は安定するものです。だからこそ、幸せは日常にたくさん詰まっているのです。

つまり、心の状態は穏やかであることが基本なのです。

ですので、夢や情熱を持って生きることも大事だけど、心を穏やかに出来る場所を作ることも大事だと感じました。


最後まで読んでいただきありがとうございます。
メルシー

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