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マルチシフトとマインドフルネス

私たちの生活を取り巻く環境は、一言でいえば「マルチタスク」です。
マルチタスクで物事を進めようとすることにより、メールやSNS、アプリなど、デジタルツールに囲まれる生活環境を作り出し、ストレスばかりが募っていきます。

そこで今回は「注意」と「ストレス」の関係の視点から、マルチタスクとストレスの関係性について考え、ストレスの緩和方法として「マインドフルネス」を用い、そのメカニズムと効果についてお話します。

■ マルチシフトとは

物質的に豊かであっても、幸福感を感じにくくなっている要因は、テクノロジーと注意も1つの要因として考えられます。

「IoT(Information of Technology)技術が発展すれば、我々のマルチタスク(同時並行的に仕事を進めること)の能力が高まり、生産性が飛躍的にあがり、人々が幸せになる」ということが聞かれることがある。

果たして本当にそうだと言えるでしょうか。

私たちの脳は、同時に注意を注げるのは基本的に1つだと言われています。
2つ以上のことに注意を分けることも可能ですが、1つのことに注ぐ注意と同じレベルの注意を2つ以上のことに注ぐことは困難です。
そのため、同時に2つ3つのことをやっているつもりでも、実際には瞬間瞬間に注意がシフトし続けているだけなのです。

これを「マルチシフト」といいます。

このマルチシフトの状態が、ストレスの増加に繋がる可能性を示す研究結果があります。
テクノロジー依存が良い例で、私たちは、知らず知らずのうちに、自ら不快な感情へと飛び込んで行ってしまっていることに気付いておく必要があります。

本当にお腹が空いてるから食べるのではなく、ストレスをごまかすために食べてしまうことはないだろうか?本当に情報が必要だからという理由ではなく、「見ないと落ち着かない」という不安感を回避するために、あるいは「することがない」という退屈感を解消するためにメールやSNSをやってしまうことはないだろうか?こうした行動をとることで、一時的にストレスから解放される。

しかし、問題の本質は解決されていないので、いずれまた不快な感情や感覚が戻ってくる。そして、それを回避するためにより興味の惹かれる話題を探し求めてネットをさまようことになる。

こうした悪循環がうまれ、ますますストレスが溜まっていくことが考えられます。

■ なぜマインドフルネスが必要なのか

では、この悪循環から抜け出すためにはどうすればいいでしょうか。
それは、マルチシフトの習性を理解し、今起きていることにしっかりと注意を注ぐことです。

自分がストレスを感じているときには、体のどこでそれを感じているのか、それはどのような感覚や気分を伴うものか、そうした状態をしっかり感じ切る。

体と心がどんな感覚や気分になっているのか、ありのままに感じ、受け入れるのです。
今の状態をありのままに受け入れることで、今自分が必要としている行動に優しく気づけるようになり、自分で自分をケアすることができるようになります。

このスキルを身に付けるにはトレーニングが必要ですが、それを可能にしてくれるのが「マインドフルネス」なのです。

■ マインドフルネスのメカニズム

では、マインドフルネスのメカニズムについてのか、情報処理モードの視点で説明していきます。

ワーキングメモリー(作業記憶)とは、脳機能のひとつで、情報を一時的に記憶しておく能力のことです。
このワーキングメモリーで情報を処理する際、以下の2つのモードがあります。

・することモード(doingモード)

することモードとは、簡単に言うと「思考」のモードである。

情報を集めて物事を論理的に分析し、適切なプロセスを経てゴールに辿り着こうとするものです。
このモードは重要な情報処理モードなのですが、ストレスに弱いという欠点があります。

図2 (1)

・あることモード(beingモード)

これに対して、もうひとつの「あることモード」は、「感覚」のモードということができる。することモードのように、何かゴールに向かって、問題を処理するのではなく、今この瞬間に体験している感覚に注意を向けて、ただそれを感じるままにしておく。

「あることモード」になると、自分自身が置かれている状況を冷静に捉えることができるようになり、ストレスを抱えていたときには見落としてしまっていた事実に気が付いたり、適切な対応をとることができるようになり、結果としてストレスが減るということが起きるのです。

図3

簡単に言うと、マインドフルネスで行っているのは、このあることモードをトレーニングして、必要なときに「することモード」から「あることモード」に自在にギアチェンジできるようになることである。

■ マインドフルネスの科学的効果

それでは最後に、マインドフルネスストレス低減法(MBSR)や、マインドフルネス認知療法(MBCT)にどのような効果があるのか、様々な研究結果を紹介します。

・うつ病

うつ病の再発予防効果については、オックスフォード大学で研究員をしていたJohn D. Teasdale氏らの研究があります。彼はMBCTの開発者の一人でもあります。

うつ病患者145名を、MBCT群と対照群に分けて、通常の治療を続けながら1サイクル8週間の対照試験を行いました。
その結果、3サイクル以上行った場合に限り、対照群では60週間における再発率が66%であったのに対し、MBCT群では37%と大きく差が開きました。

その後、オックスフォード大学マインドフルネスセンターの理事でもある、Willem Kuyken氏なども同じような実験を行いましたが、同様の結果が報告されています。

・不安障害

不安障害については、ワシントン大学の教授であるYong-Woo Kim氏らの研究があります。
パニック障害もしくは全般性不安障害の患者合計46名を、MBCT群と心理教育群に分けて対照試験を行いました。
その結果、不安症状とうつ症状は、MBCT群において改善が見られました。

また、ラトガース大学のLee氏らの研究では、全般性不安障害もしくはパニック障害の患者46名を、瞑想ベースドストレスマネジメントプログラム(介入群)と心理教育プログラム(対照群)に分けて対照実験を行い、介入群において不安症状の改善が見られたことが明らかにされています。

・健常者のQOL改善

MBSRやMBCTは、患者だけでなく、健康体の人のストレスやQoLにも改善効果がみられます。

Khouryらによるメタアナリシスでは、健常者を対象にしたマインドフルネスストレス低減法の効果を検証しているが、それによるとマインドフルネスストレス低減法は、ストレスに対して大きな効果を、不安、落ち込み、苦痛や QoL に関しては中程度の効果を、燃え尽きについては小程度の効果を認めることが明らかになっている。


参考引用:佐渡 充洋 慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室(2020),マインドフルネスが生活に必要な理由,2021/05/09,https://doi.org/10.11331/jjbm.25.100,2021/07/26

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