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非常事態、それでも紡がれる文章。 〜後編〜

新型コロナウイルスの流行、ロシアのウクライナ侵略。現代は、未曾有の非常事態下にある。

それでも人は、言葉を欲する。言葉を紡ぎ、言葉を運び、言葉を受け取る。

今回ご紹介するのは、非常事態の最中で書かれた作品だ。辛くて苦しい、明日に希望を見出すのも難しい状況で、それでも、書かれるべくして書かれた文章。その力強さに圧倒される、そんな読書体験だ。


↓前編をまだお読みでない方は、こちらからご覧ください!



ウクライナ戦争日記


2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、今なお続いている。

私はこの非道な侵略行為に対して、語る術を持たない。私はあまりに知らなすぎる。どんな言葉も空虚になる。

でも、ウクライナで何が起こっているのかを、知らなければいけないと思う。その思いだけは強くある。

ニュースを通じて知る。動画サイトを通じて知る。そして、本を通じて知る。どんな手段でもいい。何も知らない、それだけは避けたいと思った。


早朝、ウクライナの人々は聞いたことのない爆発音で目を覚ました──。夫が戦地に赴き幼い娘とふたりで逃げる母親、ロシア人の父とウクライナ人の母のもと占領下の村で生きる女性、激戦地マリウポリでの救出劇、さっき通ったばかりの公園が爆撃された男性……。突然ロシアが侵攻してきてから数ヶ月間にわたり起こったできごとを戦禍に巻き込まれた当事者たちが綴った、唯一無二の日記アンソロジー。

あらすじ


軍事侵略は、恐怖の対象でしかない。侵略者の思考が理解できず、ただただ怖い。目を背けたくなる。

だけど、知らなければならない。『ウクライナ戦争日記』は、そんな思いを抱いていた時に、偶然書店で出会った本だ。

恐怖を感じたからと言って、急いで本を閉じないでください。不穏な話が出てきても、決して目をそらさないでください。ときにはクスッと笑えるジョークや、人生を安心させる瞬間も登場します。この本の中にある、つらく、正直で、まさに今起こっているリアルな物語を存分に味わい、あなたの心の奥まで染み込ませてください。

p17より引用

本書は、ウクライナで起こっている惨状をニュースなどを通じて知りながら、どうすることもできない多くの人に、寄り添って書かれている。自分は無力だけど、それでも知りたい、そういう思いに、寄り添っている。


本書は、ロシアの軍事侵攻をきっかけに生活が一変した、ウクライナ在住の人々の日記を集めた本だ。キーウ、ハルキウ、マリウポリなど、様々な都市で暮らす様々な境遇の人々の、生の声が収められている。

今回の侵略について、私はあまりに未熟で、語る術を持たない。ここではただ、本書を読んでいて、私の胸を打った言葉を紹介するにとどめたい。


国境の向こうにいる家族の裏切りを、私は決して許さない。p59

p59より引用

ハルキウに住む、元建築業者の男性の言葉だ。

彼はソ連で生まれ、後にウクライナに移ってきた。そのため、親戚の多くがロシアで暮らしている。彼は今回の侵略によって、ロシアに住む親戚と分断された。

ロシアで暮らす双子の姉に、ハルキウの現状を伝えると、「それは嘘よ」と一蹴される。ロシア国家によるプロパガンダか、厳しい監視による強制か、姉は「ロシアがウクライナを自由にする」という筋書きを盲信している。

戦争は、最も大切な、家族という繋がりですら、いともたやすく分断する。こんなことが、許されていいはずがない。


外界との繋がりもなく、インターネットも通らない。繋がるのは、占領者であるロシアのテレビだけ。でもそんなもの、観ない。だって、私たちはロシアのすべてに対してむかついているのだから。
こういうとき、単純なものだけが助けてくれる。
暖かいことと誠実なこと。理解できることと重要なこと。家族との会話。隣人を助けること。できる限り毎日、新しいことを始めること。

p119-120より引用

戦争という非常時に、人々の心を支えてくれるのは、実は普段であれば見過ごしてしまうような、単純なものだけなのだろう。

上記の引用で並べられているのは、どれも特別なことではない。でも、日常を生きる私たちが、ないがしろにしてしまいがちなことでもある。

当たり前のことを、当たり前のように享受できる環境が、どれだけ恵まれていることか。大切な人と過ごせる時間が、どれだけ貴重なものか。

本当に大切なものは、失ってからその価値に気づく。よく耳にする言葉だけれど、日常でそのことを忘れずにいるのは、実は難しい。非常事態にある今こそ、こういう単純なもののありがたみを、もう一度噛み締めて生きていきたい。


まだ30歳手前なのに、今日鏡を見たら白髪がたくさん生えていた。でも、私は染めない。なぜなら、これまで私は何度も、私の身に起きたあらゆる悪いできごとを忘れようとしてきたけれど、このことは忘れるべきではないとわかるから。忘れる必要はない。いや、決して忘れてはならない。

p210より引用

私も、この本を読んで感じた気持ちを、忘れたくないと思う。

日記を書いた人は、特別な人々ではありません。残酷にも、いきなり恐ろしい状況下に投げ込まれてしまっただけの、あなたや私と同じ人間であるということを忘れないでください。

p17-18より引用

本書の日記には、「朝は爆発音によって目を覚ます」という始まり方が、驚くほど多く登場する。

爆撃が日常生活の中にあるなんて、こんなこと、あっていいはずがない。

昨日まで、ごく普通の暮らしをしていたはずなのに。ある時から突然、爆撃の轟音で目覚めなければならない、死と隣り合わせの日々が始まる。こんな生活が、当たり前になっていいはずがない。

私は忘れたくない。仕事やプライベートの悩みに忙殺され、時に周囲のことが何も考えられなくなるときもあるけれど、ふとした時に思い出せるようにしたい。この本を読んで知ったこと、感じたことを。


文章を書くことで、自分を何とか保つ。文章を読むことで、自分を見つめ直す。

言葉が持つ力は、計り知れない。言葉の力は、どんな非常事態にあっても、色褪せることはない。むしろ、その輝きは強まると思っている。

非常事態、それでも紡がれる文章。そこには、書き手と読み手双方の、言葉への愛が詰まっている。どんな逆境でも、必要とする人のもとへ、言葉はきっと届く。



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