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今日も、読書。 |「だれかのための短歌にもなると思います」

2022年の秋頃から、東京の読書会に、月1回参加している。

読書会の魅力のひとつに、「普段自分では手に取らないような本と出会えること」がある。

読書会で紹介される本は、本好きが「他の人にも知ってほしい」という熱量を持って紹介しているだけに、素敵な本ばかりだ。


今回ご紹介するのは、そんな読書会で出会った作品である。

その本を持ってきた人がお話ししている間、あまりに良すぎて、私は終始うずうずしていた。そして読書会が終わったその足で、即座に書店に行き購入した。

たまにこういう、衝動的に買いたくなるような本に出会う。そういう本には、ほとんど外れがない。本を買うことに関して、私は私の直感を信じるようにしている。



木下龍也|あなたのための短歌集

今回取り上げるのは、木下龍也さんの『あなたのための短歌集』だ。おそらく「今日も、読書。」で、短歌集を紹介するのは初めてである。

歌人・木下龍也による短歌の個人販売「あなたのための短歌1首」。依頼者からの想い(お題)をもとに短歌をつくり、封書にして届けます。4年間で生まれた700首から、本書では100首を収録しました。100人の100のお題とともにご覧ください。

あらすじ

木下龍也さんは、2011年から活動されている歌人。誰かの日常にそっと寄り添うような歌が共感を集めている。

2022年10月には、MBS「情熱大陸」で取り上げられて話題になった。短歌一本で生計を立てる木下さんの創作は、常に自分という敵に対峙する、ストイックな日々だった。

番組で創作に打ち込んでいた第三歌集は、『オールアラウンドユー』という題で、ナナロク社から出版されている。5色展開の布貼りの製本が美しい。


木下さんは2017年から2021年までの4年間、「あなたのための短歌一首」という、短歌の個人販売を行なっていた。

「あなたのための短歌一首」とは、依頼者からメールで届くお題をもとに短歌をつくり、それを封書にして届けるサービスだ。このサービスでつくられた短歌は、木下さんの作品としては一切記録されず、完全に依頼者のものになる。

この世にふたつとない、自分のためだけに存在する短歌が、贈られてくるのだ。なんて素敵なサービスなのだろう。


本作『あなたのための短歌集』は、そんな「あなたのための短歌一首」で作られた約700首の短歌の中から、依頼者から提供してもらった100首をまとめた歌集である。

100人の依頼者の様々なお題に対し、100首の味わい深い短歌が添えられている。依頼者からのお題メールから、その人の想いや境遇を汲み取って、丁寧に歌をつくっていることが窺える。

依頼者に何かを教え諭すようなところがなく、あくまでそっと隣に寄り添うようで、それでいて勇気や活力を漲らせてくれる歌ばかり。木下さんの感性、表現力の素晴らしさが表れている。


例として、一首だけ紹介させていただく。

〈お題〉
結婚して3年目、もともと子どもはそんなに好きではありませんでしたが、友達の子と触れ合ううちに可愛いと感じ、自分の子が欲しいと思うようになりました。現代は本当に大変な世の中だと思います。こんな世界に生まれた子は幸せになれるのだろうかと悩むときもあります。未来に希望が持てる短歌をお願いします。

〈歌〉
いじわるな 星だとしても 母さんが
そこにいるなら 生まれてみるよ


本書を刊行するうえで、木下さんは非常に悩んだという。「あなたのための短歌一首」でつくられた歌は、あくまで依頼者のものであり、かつ非常に個人的なものであるため、歌集を編むのは困難だと考えたのだ。

木下さんの背中を押したのは、たとえ誰か特定の個人に向けてつくられた短歌でも、それを第三者が読んだとき、何らかの影響がもたらされるという事実に気づいたことだった。

ふりかえってみれば僕もそうだったのだ。短歌を始めるまえに、本屋さんで初めて歌集を開いたとき、そこに書かれているどの一首も、僕のためにつくられたわけではないのに、僕のために書かれたものであるかのように記憶し、お守りにしていた日々があったのだ。

あとがきより引用


木下さんは、本書からの印税を受け取っていない。本書の印税分に相当する金額は、全国の書店で歌集を購入する費用に充てられ、その歌集は希望する施設に寄贈される。

『あなたのための短歌集』は、木下さんの、そして依頼者100名の、短歌に対する真摯な態度、短歌の可能性を信じる想いから生まれた本だ。

短歌を母語として読むことのできる日本人に生まれてよかったと、これほどまでに強く感じた読書はなかった。


本書に収められた100首の中に、きっとあなたの気持ちにぴったりの短歌が見つかるはずだ。そしてそのときにきっと、短歌の持つ力に気づくはず。

短歌を提供してくれた依頼者のひとりが、木下さんに贈った言葉を紹介して、この記事を終わりにしよう。

私だけの短歌です。でも、だれかのための短歌にもなると思います。

あとがきより引用



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