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今日も、読書。 |本づくりに携わる全ての人へ、感謝を込めて

何冊も何冊も本を読んでいると、自分の手元に本があることが当たり前のように思えてくるが、この世に存在する本は一冊一冊すべて、本づくりに携わる誰かの手で、1から作られたものなのだ。

その人たちがいないと、私がこれまで出会った本も、今読んでいる本も、これから出会うはずの本も、存在せず読めない。

本を作る人たちのことを書いた本を読みたいと思い、安藤祐介さんの『本のエンドロール』を読んだ。本が好きだけれど、本に関係する仕事をしていない人に、特に読んでほしい小説だと思った。



安藤祐介|本のエンドロール


本の奥付に載っている会社名の後ろには、悩みながらも自分の仕事に誇りを持ち、本を造る「人」たちがいる。豊澄印刷の営業・浦本も、日々トラブルに見舞われながら「印刷会社はメーカーだ」という矜持を持ち、本造りに携わる一人。本を愛する人たちの熱い支持を集めた物語が、特別掌編を加え、待望の文庫化!

あらすじ


物語の主人公は、豊澄印刷という印刷会社の営業として働く若者、浦本。

「印刷会社はメーカー」という矜持のもと、本を作る仕事に誇りを持ち、より良い本を作るため、大きな理想を追い求めている。

「印刷会社は……豊澄印刷は、メーカーなんです」
(中略)
「作家さんが原稿を書き、編集者さんが出版の企画を立て、デザイナーさんと相談されて本の仕様が決まります。それを弊社のような印刷会社が製品化します。物語が完成しただけでは、本はできない。印刷会社や製本会社が本を造るのです」

p8-9より引用


一冊の本が完成するまで、多くの人がその工程に携わっている。

人の心を震わす作品を生み出す作家。作家の想いを実現する編集者。

装丁デザイナー、文字を用紙に載せて届ける組版職人、印刷職人、製本職人。

そして、それらの間に立ち、進捗管理をする印刷会社の営業——。


浦本の同僚で、社内でトップ業績を叩き出す仲井戸は、浦本とは真逆の立場を取る。

本を作るのは作家や編集者であり、印刷会社は、それを本という大量生産可能な様式に落とし込む役割を請け負っているにすぎない。

印刷会社として本に貢献する方法は、作家や編集者の要望に忠実に、目の前の仕事を効率的かつ正確にこなしていくことだと説く。


本書は、浦本と仲井戸の相反する考え方が、両輪となり進んでいく。

日々舞い込んでくる無理難題やトラブルを何とかさばきながら、印刷会社として本にできることを探っていく。

私が本作を通じて感じたのは、「理想と現実は決して相反するばかりではない」ということだった。

理想を実現するためには、大前提として、目の前の仕事を着実にこなす必要がある。一方で、「目の前の仕事」を安定して獲得するためには、時代の変化に合わせて、理想を追い求める志が必要だ。

どちらかが欠けていても、組織は長く続かない。浦本と仲井戸は、「より良い本を世の中に届けたい」という根底の想いは共通している。それぞれのやり方で、本づくりの未来を考え、本づくりの現場を支えているのだ。



本当にありがとう。

本書を読み終えて私の心に浮かんできたのは、感謝の言葉だった。

私が読書を楽しむことができているのは、汗水垂らして本を作り、私たちのもとへと届けてくれる人たちがいるおかげなのだ。

物語の端々から、著者の、そして登場人物のモデルとなった方々からの、本への愛情が伝わってくる。

一冊の本が読者に与える影響の大きさを理解し、1冊たりとも妥協することなく、本を制作する姿勢に感動する。

人の出会いに縁があるように、本と人との出会いもまた縁だ。本と人とは一対一で対峙する。読者はたとえ「つまらなかった」と読み捨てた本からも、何かを受け取る。時には一冊の本が読者の心を突き動かし、人生を変えることもある。本とはそういうものだ。

p61より引用


本作は「お仕事小説」だが、私自身が社会人になったためか、物凄く刺さった。ラストは感動で涙を流した。

仕事は、うまくいくことばかりではない。うまくいかないことがすなわち仕事であるとすら言える。

今の仕事が天職だと胸を張って言える人は、どれだけいるだろう。理想に向かってがむしゃらに突き進む人、何のために働いているのか分からず悩む人、世の中には、様々な思いを抱えた社会人がいるはずだ。

それでもやるしかない。誰ひとりとして、欠けてはいけない。悩みもがきながらも、なんとか形にした本が、多くの読者に感動を運ぶ。

そうだよな……!と思う。仕事をする中で、「この仕事をしていて良かった」と感じる瞬間を、ひとつでも多く拾い上げていきたいと思う。

今の仕事は、天職だ。
そう言い切れる人は、ほんのひと握りで、多くの人は今の仕事ではない別の仕事、今の人生とは違う別の人生にかすかな憧れを残し、ぼんやりと引きずって生きているのかもしれない。
それでも、今目の前にある仕事に全力を尽くす人たちがいる。
たとえ天職でなくてもいい。
この仕事をやっていてよかった。そう思える瞬間が日常の端々、所々にあればそれはきっと幸せなことだろう。

p471より引用


文庫化に際して追加された特別掌編「本は必需品」も良かった。

ただでさえ出版業界に逆風が吹く中、新型コロナウイルスが流行し、書店が相次いで休業・廃業するなど、厳しい状況が続いている。

しかしそんな中でも、本は売れ続けている。

多くの人が、ネット書店や電子書籍で、既刊本を買い求める。緊急事態宣言解除後は印刷機の稼働率も回復し、本は必要とする人の元へと変わらず届けられる。

不要不急の物事の回避が叫ばれる中、本書の中の「本は不急ではあっても、不要ではない」という言葉が、力強く響いた。

そう、本好きにとって、本は必需品。異論は受け付けられない。

浦本は思う。どう仕事するかは、どう生きるかに等しいのではないかと。それを自らに問うた結果、本を造る仕事を選んだ。流行り廃りのある中で、縁の力に導かれて自ら選んだ道だ。
そして、廃れゆくことは敗れることではない。廃れゆく本を造る仕事を選んでこの場にいる限り、負けることはない。

p483より引用


本書を読んだ後は、きっと巻末の奥付に、目が引きつけられるはずだ。

普段は著者の名前に隠れ、読者の意識に上ることはごく稀の、本づくりに携わる陰の功労者たち。

映画でいうスタッフクレジットのように、彼らの仕事の証が刻まれているのが、本の奥付なのだ。

たとえ、そこにあるのが個人名ではなく企業名であっても、本づくりに情熱を注ぐひとりひとりの顔が、そこにはある。

彼らへの感謝を忘れずに、これからも本を読んでいきたいと思った。

奥付は、本のエンドロールだ。関わった全員の名前を載せることはできないけれど「豊澄印刷株式会社」の向こうには野末やジロさん、福原、浦本の名前も刻まれている。紙の手配の道筋をつけてくれた慶談社業務部の米村律子や、岐阜の稲葉山紙業の人たちも忘れてはならない。

p184より引用



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