高校を中退した話
私は高校を卒業していない。
いじめにあったからとか、進学以外の目標があったからとか、といったそういう誰からも共感や理解を得られるような、深みのある理由などではない。
高校3年生の夏休み、受験勉強に明け暮れていた私は、お盆を過ぎた頃に突然自室から外に出られなくなった。二学期が始まり、登校しなければならなくなっても、体が拒否するのだ。両親に自室から引き摺り出され、その時に初めて父親と取っ組み合いの喧嘩をした。
その時の自分の詳しい気持ちはよく覚えていないが、どんなに勉強しても成績が思うように伸びず焦っていたことや、家族との不和だとか、友人との人間関係などに悩んでいた。そういったことが積もり積もって、ある日爆発した、といった感じだ。燃え尽き症候群というらしい。
引きこもり生活は地獄だった。食欲も減退し、丸2日なにも食べず、そして入浴もしないこともあった。夜に寝付けないのは常で、就寝時間は毎日遅くズレていき、何度も昼夜逆転の逆転を繰り返した。かと思えば一日中眠っているような日もあった。起きている間は暇で暇で仕方がなかった。暇なのに何かをしようと思っても手がつかない。ゲーム機を起動してみても楽しくなく、すぐにやめてしまう。ベッドの上で何十日も過ぎていく。窓から見える田舎の山々が灰色に見えた。
2ヶ月が経った頃、学校から担任と学年主任が家庭訪問に来た。私は自室に篭ったままだったが、先生が帰ったあとに手紙を渡された。そこには「自分を支えてくれている人のことを思い出してほしい」といった叱咤激励の言葉が書かれていた。しかし、私は先生方の気持ちをうまく受け取ることができず、前向きな気持ちにはなれず、ただただ心に重しがのしかかったようだった。どうしようもなく濁った気持ちで一杯になった。そんな自分が情けなくて涙が止まらなかった。
不登校は半年近く続いた。出席が足りず、高校は退学処分となった。美術部の後輩のTwitterをみると「卒業式で先輩(私)の名前が呼ばれなかった話する?」というツイートがあった。
外に出なかった間、母親はずっと優しかった。毎日おはようとただいま、と返事もしない自分に声をかけてくれた。私は味方だからねと、何度も何度も言ってくれた。感謝してもしきれない。母は偉大だ。いつかこの恩を返しきれるのだろうか。
春になり、地元から大阪に引っ越して一人暮らしをしながら予備校に通わないか、と母親に言われた。今の辛い状況をどうにか変えたくて、上阪することを決めた。
予備校に通い出しても気分がいい時と悪い時の差が激しく、前と同じように引きこもる日々が続いたこともあった。結局、高校の頃は志望校の欄の一番下にも書いたことのない、二段階ほど下のランクの大学にしか受からなかった。
予備校に通いながら、心療内科に通院していた。抑鬱状態だ、と診断された。あのときの私は、ストレスの発散の仕方が下手で、悩みを全て抱え込んでしまっていた。友人の誰にも心を開くことはできず、ずっと自分の中に閉じ込めていた。
辛い時ほど1人になりたいと思う。友達が心配してくれる時ほど、外界をシャットアウトしてしまう。塞ぎ込んで自分から辛い方へばかり進んでしまう。そういう人の気持ちが痛いほどわかる。
しかし、そんな時こそ自分をさらけ出し、友人を必要とすることが大事だとわかった。淀んだ心を文章や作品にして、外に出すことも大切だ。
そういうことが大学生活を過ごすうちに少しずつ理解でき、精神的に大きく成長した。話をしてちっとも効かない薬をもらうだけの心療内科には行くのをやめた。
どうしようもない気持ちに寄り添ってくれる沢山の音楽たちに出会えた。
決して多くはないが信頼できる友人にも恵まれ、大学を卒業する頃にはとても豊かな思い出でいっぱいになった。あまり賢くない大学に進んでしまったが、得たものも多く、後悔はしていない。
こういった挫折の経験は誰にでもあるものとは思う。曖昧でキャッチーでない自分のそれは、説明するのが面倒くさく、そしてどうも恥ずかしいがために、誰にも言ってこなかった。大学生のあいだ、周りより年齢が一つ高い理由を浪人したからだとずっと嘘をついていた。ここに書くことで少しモヤモヤした気持ちが晴れた気がする。
かつての自分と同じように辛くて塞ぎ込んでいる人がいれば、がんばれと前を向かせる人間ではなく、同じ方向から寄り添うことのできる人間でありたいなという気持ちをずっと持っている。
18歳の春、6ヶ月ぶりに外に出た時に母はいつも通りを装っていたが、目に涙を湛えていた。
田舎の実家を出て、大阪に行く途中に見た国道沿いの桜並木が、とても鮮やかで綺麗だった。
春が来てぼくら / UNISON SQUARE GARDEN
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