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【終】真夏の蛙化現象。


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#終


マユは、サボりでさえ、私に一言LINEをくれるのに。

"LINEグループで誤爆をやらかして、気まずいんだよ。"
クラスのみんなにはそう言ったし、私もそう思おうとしていたけど、
マユはそんなこと笑い話にできる子だ。



何かがおかしい。
ともかく、爆弾事件についてバームの意見を聞かなくては。
そう思っていたら、

昼休み、担任のヤスに呼び出された。


第8章 じゃむ兄の想い

初めて好きな人ができたのは小学生の時だった。
恋愛というものは、科学や論理では説明できないから根拠は分からないけど、
とにかく僕はマユの事が好きだった。


小学校の頃のマユはクラスのいじめられっ子だった。
3年生の時に家守ヤモリ小学校に転校してきて、
それまで海外暮らしだったというマユは、うまくクラスに馴染めないでいた。

マユは上履きを捨てられても、机に落書きをされても、淡々と回収し、片付けるだけで、飄々としていた。
その飄々とした姿が気に入らないのか、女子たちのいじめは加速する一方で、クラスの男子たちも見て見ぬフリをしていた。


僕はというと、いじめとかいう根拠のないことは嫌いだったけど、かと言ってクラス全員を敵に回してマユを守る勇気もない、弱虫だった。絶対に加担することはしなかったけど、止めることもできずにいた。


でもなぜかマユは僕を気に入ってくれていたみたいで、「じゃむ兄」とかいう変なあだ名をつけてきて、よく話しかけてきた。


「ねえねえじゃむ兄、なんでノブナガは死んだの?」
「そんなの、昨日習ったばかりじゃないか。信長は家臣の明智光秀に裏切ら…」
「あ!見て!空が晴れてきたよ!外を散歩しようよ!」
「マユが教えてって言うから…」



小学校の頃からマユのペースに呑まれていたけど、彼女といると心が明るくなって、楽しくて、その笑顔をずっと見ていたいと思った。


親や担任からは関東で1番とも言われている中高一貫の男子校の受験を勧められたけど、全ての反対を押し切って、僕はわざわざ学区外の公立中学校である下戸川中学校ゲコチュウに進んだ。理由はマユがいるから、それだけ。マユはいじめから離れるために、学区外の下戸中を選んだ。

高校に入ってからマユには何人か彼氏ができて、その度に心の中は薄暗い雲が空を覆うように穏やかでなかったけど、「じゃむ兄聞いてよ〜」と、表情をコロコロと変えて彼氏の愚痴を話してくるマユを見ていると、別に結ばれなくても、これでもいい気がしていた。

でも、今回ばかりは許せなかった。


マユはヤスのことが好きで、二人の間には何らかの関係がある。
そんな気がしたのは、夏休み前頃からだっただろうか。



マユは最近、急に大人びた。なぜだか、化粧を始めて、「もう私もオトナだから。」なんて言っている。今まで「ヤス、ヤス」と担任のことを舐め腐っていたのに、急に「ヤス先生」とよそよそしく、距離を空けているように見えるのも不自然だ。

そしてマユを見るヤスの目は、一生徒を見る目ではない、一人の女性を「愛しい」と思っている目だ。僕にはそう見えた。

でも僕はマユのことを信じたいと思った。マユは僕のことは好きじゃないとしても、結婚している相手に手を出すほど愚かでもないと思っていた。


「マユ、もしかしてだけど、ヤス先生のこと好きだったりする?」
「ヤス?!ありえないよ、あんなおっさん。じゃむ兄、突然変なこと言って、どうしたの?」



「じゃあ、この間駅前でヤスとマユが二人でいるの見たけど、あれは何だったの?」

「え、、、この間って、いつ…?」


この間見たなんて嘘。カマをかけただけ。というかこれで否定してくれれば、何だ勘違いだったのか、と思って自分をだまし続けることができた。
僕はそれを望んでいたけど、マユの回答は最悪なものだった。

「ごめん。悪いことだってわかってるんだけど。でも、この間で本当に最後だから。」



謝られているのも意味が分からない。おかしくなってしまいそうだった。マユのことを想い続けながらもそれを伝える勇気がなく、「幼馴染」とか「勉強を教える」という口実を適当に繋ぎ合わせてマユの隣にいる権利をなんとか得ているダサすぎる僕だけど、勝手にマユのことを独占できているような気でいたのか。とにかく腹が立って、気が狂いそうだった。

「そういうことするの、あり得ないよ。見損なった。」


マユが今にも泣きだしそうな顔をするので、僕は慌てて踵を返した。



マユが「あれで最後にする」と言っていたのが当たり前に嘘だったのは、クラスメイトのイトーによって知らされた。イトーは授業中に先生にツッコミを入れるようなクラスのお調子者だったけど、誰とでも壁をつくらない感じが僕は嫌いじゃなかった。

「なあ、じゃむ兄さんよお。じゃむ兄さんは、マユちゃんと幼馴染どすえ?」
「なんだよその気持ち悪い京都弁。そうだけど、何か?」

「ハハ~。僕はどうやらいけないものを見てしまったようだなあ。」
「なんだよ、勿体ぶらないで早く話してくれよ。」

イトーは僕の前の席に腰かけ、脚を組み「コホン」と大げさに咳ばらいをして、また僕が聞きたくなかったことを話した。



「夜22時。渋谷。僕は見てしまったんだよ、マユとヤスが手を繋いで道玄坂のホテルに消える姿をね…」


マユに嘘をつかれた。小学校から今まで一度も、マユはどんなにかっこ悪いことでも包み隠さず僕に話してくれた(と、僕は思っている)のに、ここにきて最悪で最低の嘘をつかれた。
ショックだった、ショックで悲しくて、いつも面白くない関西弁でセルフツッコミを入れる担任のヤスが憎かった。憎くて仕方がない。ふざけんな。







殺してやる。



「あら、じゃむ兄さん、そんなしかめっつらしてどうしたの。
もしかして、じゃむ兄さんってマユちゃんのこと好きだったりするんかえ〜?!!?」

僕はこのイトーというアホを利用してやろうと思った。


「好きだよ。小学校の頃からずっとね。好きだから、マユを助けたい。イトーくん、ここは一つ協力してくれないか?」

「あら〜〜!良いじゃないの〜やっぱ若い子はそうでなくっちゃねぇ〜!蛙亭のラーメン一杯でどうよ。それで協力してあげるわ♩」

おばさん風の喋り方をするイトーの声は途中からとう頭に入っておらず、僕は作戦を練り始めていた。







第9章 事件の裏側

東京は嫌いじゃないけどやっぱり北海道が恋しい。
ここ、東京都葛飾区は俺が思っていたよりは「東京」じゃなかったし、人も優しいけれど、やっぱり広大な大地と自然の地元・北海道には足元にも及ばない。

俺は何にも考えていないようで、いつも何かを考えながら過ごしている。担任のヤスの授業にいつもツッコミを入れるのも、クラスのみんなは反応してくれないけどヤスにとっては有難いことも分かっている。クラスメイトとは特定のグループをつくらず、一軍みたいな奴にも、ずっと本を読んでいるような奴にも話しかける。昔からこうだ。誰にも嫌われないように生きてきたし、そんな自分が嫌いでもなかった。


そんな俺は今日、8月27日、クラスの秀才、じゃむ兄に呼び出されて放課後の理科準備室にいる。地下1階にある理科準備室は模型や薬品で気味が悪いが、現在は使われていないので内緒話にはピッタリある。

そう、内緒話だ。



どうやらマユの事が好きらしいじゃむ兄に、「協力して欲しい事がある」と言われて、俺はここにいる。
ミーハーだからそういう色恋沙汰は大好きだ。
大好きだけど、理科準備室の異様な雰囲気のせいか、俺はなぜか嫌な予感がしていた。

「お待たせ」
ヒラヒラと手を振るじゃむ兄がなんだか一段階大人に見えたのは気のせいだろうか。

「待ちましたよ、じゃむ兄さん。そんでそんで、俺は何をやればいいんだい。」




「…ヤスを殺したいんだ。」

「ッッッッエ?!」

お茶でも飲んでいたら確実に口から吹き出していた。幸い何も口に含んでいなかったので、代わりに人生で出したことのない声が出た。

「いやじゃむ兄さん、冗談はよそ…」

「本気だよ。僕はマユのことがずっと好きだったのに、既婚者という身で生徒に手を出すなんて有り得ない。死ぬほど憎い。殺したいくらい憎い。」

「い、いや、いや、そうだよな、憎いよな、殺したいくらい憎い時だって、人間だからあるよな。
でもな、で、でもなじゃむ兄さん、落ち着いてくれ。仮にヤスが死んだとして、それでマユは喜ぶと思うか?それでマユはじゃむ兄に振り向くと思うか??俺は思わないよ。だし、どうだ、マユ以外にも何人の人を悲しませると思う??兄さんをここまで育てた両親、おばあちゃんおじいちゃん、妹だっているんだろ?俺だって兄さんが犯罪者になったら悲しいよ。悲しくて仕方ない。

…だから、それには協力できない。」

じゃむ兄に落ち着けと言っておいて、俺だって落ち着いてはいなかった。早口で捲し立てる俺を見て、じゃむ兄は我に帰ったような顔をした。俺が知っているじゃむ兄が戻ってきたようで、ひとまず安心した。



「……でもさ、愉快犯くらいなら面白い、かもな??」

俺の悪い癖だ。面白そうなことを思いついたらすぐに口に出してしまう。

「と、いうと?」


「例えばさ、音が鳴るだけの爆発物みたいなのを花火大会の会場に仕掛けるんだよ。ヤスとマユはどうせ一緒に行くんだろ?だから、ヤスとマユが行きそうな場所に。それで、辺りを騒がせて、『あれ、ヤス先生とマユ、こんなところで…?』みたいな展開にするのさ。ヤスは反省するだろうし、マユも懲りるだろうし、もしバレたとしても『打ち上げ花火をやろうと思って』とか言えばいいだろ、あの土手は花火禁止じゃないし。」


「イトーくん、君は意外に頭が切れるんだね。それ、乗った。人生で一度はこういう悪いことしてみたかったんだよなあ。」

他のことには目もくれず、夢に向かって勉強し続ける今までの人生も好きだったけど、やっぱり高校生だし、「ちょっと悪い」ことをしてみたい気持ちがあった。



「とは言っても、僕はそんなおもちゃの爆弾を作る勉強なんてして来てないしな…」

「おっとじゃむ兄さん、イトーの人脈をなめてもらっちゃあ困るよ。
僕にはバームという、爆発物の研究をしている友達がいてね。バームに聞けば、そんなこと簡単なことだろうよ。」



「バームさんなら僕も知っているけど、彼は確か今トロントにいるんじゃなかったっけ?」


「トロントになんて、いないさ。」

俺は右の口角だけ上げてニヤリとし、じゃむ兄さんにウィンクをした。

「俺に任せてみてよ。」







第10章 事件の前触れ

マユを助けるためだったらもうどうなってもいい。とりあえず頼れる後輩、じゃむ兄に会いに行こう。



僕は気がついたら東京行きの飛行機に乗っていた。仙台あたりの上空で、明日留年がかかったテストがあったことを思い出したけど、今はどうでもいい。とにかく居ても立っても居られなかった。


そういえば新千歳空港で、「今日会える?」と突然じゃむ兄に電話したけど、じゃむ兄は酷く落ち着いて、「いいですよ。」とそれだけだった。僕がトロントではなく北海道にいることはもう筒抜けなんだろうか。急にあのインスタが恥ずかしくなってきた。

羽田空港から京急線に乗り、そのまま品川まで向かう。じゃむ兄とは品川の喫茶店で待ち合わせをしていた。


「じゃむ兄、突然ごめん。今はじゃむ兄しか頼れる人がいないんだ。」
「突然どうしたことかと思ったけど、特に予定もないので問題ないです。どうしました?」

「実は…じゃむ兄のクラスのイトーに、『大川マユを花火大会で殺す』と脅されている。本当か嘘かわからないし、冷やかしの可能性の方が断然高いと思う。だけど、マユに命の危険があると思ったらもうどうしていいか分からなくて。突然だけ…」

「その話ならもう聞いています。」
じゃむ兄は珍しく、僕の言葉を遮って言った。




「聞いてますって、聞いていてどうしてそんなに落ち着いていられるんだよ?!マユが殺されるかもしれないんだぞ?!!」

「聞いてますし、計画についても少し聞いています。ちょっと特殊なルートからね。だから、僕の方であらかた対策を練っているんです。だから落ち着いています。」

じゃむ兄は変わらず落ち着いてそう言った。3つも下のじゃむ兄がこんなに落ち着いていて、僕は動転しているのが急に恥ずかしくなり、なるべく平静を保って言った。

「そういうことだったのか…
で、計画っていうのは?」




「イトーの背後には別の人間がいて、そいつが黒幕です。イトーはそいつに頼まれて、バームさんを脅しただけ。殺害方法は…爆弾、と聞いています。」

1番は犯人が爆弾を仕掛けないようにすることですが、僕も学校の講習と塾を休むわけには行きませんし、何よりあんな広い土手を一日中見張ってるなんて現実的に無理があります。そこで、バームさん、むしろ僕からお願いがあります。」


「何だ、マユを助けるためならなんでも聞く、言ってみろ。」


「爆弾の仕組みを教えて欲しいんです。そうしたら、花火大会の前の日の夜に徹夜して土手を見回って、万が一仕掛けられていたとしても適切に処分できるでしょう?」


「そういうことか、勿論だよ。僕が3年かけて研究してきたことを全部教える。じゃむ兄なら1日で理解できるだろうな。」




僕はじゃむ兄に僕の知る全てを教えた。こういう学部にいるので、爆発物の適切な処理の仕方は嫌というほど教わっている。

「なるほど、この物質が起爆剤ということですね?つまり、この物質を除けば、音だけが鳴る"爆発物"ができると。」

「そういうこと。これくらいなら正直、初期費用があれば誰でも作れちゃうね。この物質が見えたら厳重に注意すること。」


単位なんか捨てて僕も明日の花火大会に行きたかったけど、殺傷能力のある爆弾を作れる能力と金のある人間なんて到底いない。じゃむ兄のことは信頼しているし、警察に事情を話して協力してもらうこと、としつこく言っておいた。







第11章 マユの告白

この世界には科学とか論理とかでは説明できないことがたくさんある。星座占いでビリだった日はなんとなく不運が続く気がするし、仏教信者ではないけど初詣は行かないとまずい気がする。






私は2周目の人生を生きていた。


そのことに気付いたのは幼稚園くらいの頃だっただろうか。おばあちゃんが入院したと聞いた時に、1周目の人生でおばあちゃんの葬式に行ったことを思い出した。思わず、「もう長くないかもね。」と呟いた次の日におばあちゃんは死んでしまったので、お母さんにはだいぶ気味悪がられた。


1周目の時は、「未来のことがわかればいいのに」なんて思っていたけど、未来が分かって生きているのは、なかなかに、しんどい。

「運命」は決まっているんだと思う。1周目で後悔したこと、失敗したことを思い出して、行動を変えたりしたけれど、結局は同じ結末になることばかりだった。


だけれど、この未来だけは変えないといけない。
このためだけに、2周目を生きていると言っても過言ではない。




1周目の人生、花火大会の日に、チエコが死んだ。



1周目で、親友のチエコは担任のヤスと不倫していた。
まだ人生1周目だった未熟な私は、そんな親友の恋を面白がりながら応援してしまっていた。最低だ。既婚者なのに。叶わない恋なのに。

「ヤスを花火大会に誘ってみなよ」
と言ったのも私だった。

2人はあの日、下戸川花火大会の日、人目につかない聖橋の下でしばらく談笑をしていたようだけど、
そこにたまたま現れた通り魔にチエコが襲われた。

「社会に恨みを持っていた。楽しそうに歩く男女が憎くて、誰でもよかった。」

そんなふざけたことを抜かした犯人の顔を、スマホの画面越しに何回も殴った。

ヤスとチエコの不倫は当然に明るみに出た。ヤスは「変態教師」と世間に散々叩かれ、学校で記者会見をやる始末。チエコの写真や住所が流出し、チエコのお母さんが痩せ細っていく姿を見た。


私は、自分のせいだとしか思えなかった。
私が止めていれば。
花火大会行けば?なんて言わなければ。
不倫なんて真っ向から否定していれば。

こんなことにはならなかった。



こんな最低な私に、神様はもう一度チャンスを与えてくれたみたいだ。
私はチエコとヤスを近付けないように努力した。短絡的な考えかもしれないが、できることからやっていかないと気が済まなかった。
チエコは3つ上の先輩、バームと付き合うことになり、とりあえず安心したけど、
人生2周目の私は、バームが将来3股をかけて裁判沙汰になり、賠償金の支払いに追われているような男だったことを知っていたから、なんとなく気まずかった。


「ねえねえマユ、新しい担任のヤス先生、かっこよくない?」

(うわぁ、1周目と同じだ。)

「そうかなぁ?ただの変なおっさんじゃん。」
「も〜マユったら分かってないんだから。あれくらいオトナなのが良いんでしょ!」

チエコのヤスへの熱は、バームが留学に行ってから加速した。私には言ってくれなかったけど、チエコがヤスをデートに誘っているらしいという噂を聞いた。

恋は盲目だ。


そこで私はどうしたか。 





私がヤスに近付いた。



もうチエコに嫌われてもよかった。これがバレて、学校中を敵に回してもよかった。それでも、
1周目のような、あんな思いはもう2度としたくない。




「そんで、進路の相談って?まさか、こんなクソ暑い日に呼び出しておいて、アイドルになりたいとか言わんやろ??」


アイスコーヒーをブラックで勢いよく啜りながらそう言われて、真正面から笑顔を見ると目を逸らしてしまいそうになった。




「相談っていうか、ただヤスに会いたかっただけだよ。」


自分の口からこんなセリフが出てきたことに、自分で驚いてしまった。白いTシャツにジーパン、学校ではバックにしている前髪を下ろした休日のヤスが、やけにかっこよく見えてしまった。
あろうことか、私はヤスのことが好きになってしまっていた。

「ねえねえヤス、今度の日曜に下戸川で花火大会があるの、知ってる?」

「あの有名な下戸川花火大会を知らん奴はおらんやろ。

一緒に行くか?」

白い歯をニカッと見せて冗談のようにそう言うヤスを見て、私は改めてこの人が好きだと自覚した。

「うん。」

私は自分の頬が熱を帯びているのを感じた。






第12章 花火大会当日



私は結局、真っ赤な浴衣を着てヤスと一緒に花火大会に来てしまった。
学校にいる時よりも近い距離で隣を歩くと、ヤスの手が時々私の手に触れる。手を繋ごうという合図なのかもしれないが、恥ずかしくて顔が赤くなってしまいそうで、私は気付いていないフリをした。


それよりも、やらなきゃいけないことがある。
1周目、あの事件が起こったのは20時30分ごろのことだった。
チエコが助かれば良いというわけではない。できればあんな事件は起こってほしくない。遅くとも20時には聖橋の近くに着いて、怪しい人影がいたらすぐに通報しようと思っていた。


「ねえ、ヤス、私のお願い聞いてくれる?」

「なんでもええで!マユのお願いやったら、ホンマになんでも聞くわ!」  





「聖橋の近くで、2人になりたい。」

「なんや、そんなことか!お安い御用や。行くで!」


そのままヤスに手を引かれた。ゴツゴツとした手が自分の手に当たる感触で、いちいちドキドキしてしまう。

私たちは聖橋を丁度見下ろせる位置の土手に2人で腰掛けた。
そこには花火大会目当ての人が少し通りがかったけど、私たちほど聖橋を間近に見られる距離にいる人はいなかった。

20時20分。勿論チエコは現れないし、不審者らしき人物も現れない。

20時30分。隣にいるヤスが2学期の憂鬱さについて語っているみたいだけど、そんなのは全く入ってこないほど緊張していた。

20時40分。
誰も現れなかった。
私たちがいたから、だろうか。
未来は変わった。
嬉しくて嬉しくて、もうよくわからないけどチエコに電話しよう、と思ったその時



ドンッッ



プシュー



と、不発の花火のような音が橋の下から聞こえた。

「なんや、爆弾か?!
マユ、逃げるで!!!」



いたずらそうに笑って、ヤスはわたしの手を握って駆け出した。
いけないことと分かっていつつも、この時間が愛おしい。
でももうやめないといけない。流石に人生2周目なので、不倫が誰も幸せにしないことくらい、痛いほど分かっている。


「ねえ、ヤス、もう一つだけお願い事していい?」

「おうなんや、なんでも言ってみろ!」




「今夜だけは、一緒にいたいな。」



これで本当に最後にしよう。
そして、私はもう、ヤスの前からも、チエコの前からも、じゃむ兄の前からも消えよう。

私には、彼らがいつ結婚するのか、いつ子どもができるのか、いつ病気になるのか、そしていつ死ぬのか。それらの全てが分かってしまう。あまりにも辛くて、耐えられない。本当は、未来がわかる私がみんなのことを幸せにしてあげたいけど、そんな力量はない。弱い私のことを許してほしい。なるべく、誰も私のことを知らない場所へ行きたい。


花火大会終わりの空は、私の愚かさを馬鹿にするように、薄暗くて今にも雨が降り出しそうだった。




終章 

「私、人生2周目なんだよね。」


目の前で発された言葉は、私の親友から出た言葉だとは思えなかった。
今日は1学期の終業式。放課後マユに呼ばれて、駅前のカフェにいた。どうせヤスがかっこいいだとか宿題を外注したいだとか、そんなくだらないことを言われるんだろうと思っていたけど、そんな時間ですらマユとの時間は楽しくて大事だ。

アイスコーヒーMサイズ、ミルクは1つ、ボブの外ハネ、ノースリーブのトップスから白い腕。
目の前にいるのは私の親友、マユそのものだったが、その口から出たのがマユの言葉と理解するのにはだいぶ時間がかかった。


「なに?なんのドッキリ?芸能人じゃあるまいし、やめてよ〜!あ、もしかしてどこかにカメラついてる?!」


「そうだよね、意味わからないよね。
私だってチエコの立場だったら、そう思うと思う。」


アイスコーヒーを飲みながら息を吐くように話すマユは、自分より倍以上も年上の女性ように、一瞬見えた。


「まあ、信じられなくても良いんだけどね。
私の言うことを2つだけ聞いてほしい。」


うん、という言葉も出ずに、私は首を縦に振った。

「1つ目に、夏休みの最後の日、下戸川花火大会の日、聖橋の下には絶対に近づかない事。」

別に言われなくても聖橋に用事はないので大丈夫なんだけど、マユの言葉はなんだか重く、気味が悪かった。

「わ、分かった。
もう一つは?」



「もう一つは…

ううん、やっぱなんでもないや。とにかく、下戸川の花火大会の日、聖橋の下には行かないこと!これだけは約束ね、私は未来人なんだからね!」




9月1日、マユは学校に来なかった。

何かがおかしい。
ともかく、爆弾事件についてバームの意見を聞かなくては。
そう思っていたら、


昼休み、私はヤスに呼ばれた。



『先生、どうしたんですか?マユは2学期から転校するって、あら、あの子先生に言ってないの?ごめんなさいね、あの子しっかりしてるから、ついつい手続きとか全部やってるもんだと思って。』

「マユのお母さんに電話したらこう言われたんだ。先生、あまりにも整理がつかなくて、みんなには体調不良ってことでとりあえず誤魔化しちゃったんやけどな。チエコ、何かマユのことで…」


ヤスの言葉が終わる前に私は職員室を飛び出していた。

あてはなかったけど、なんとなくあそこにいる気がした。


下戸川の土手の、聖橋。



ボブの外ハネに、ノースリーブ。ワイヤレスイヤホンを耳にして、何やら音楽にノっている。

あれは私の親友、マユだ。




「ねえ、マユ!!!!!!」

マユは聞こえているんだろうけど、わざとゆっくりとワイヤレスイヤホンを外した。

「お〜チエコ!よくここが分かったね。さっすが私の親友〜!!」
「どういうことよ!なんの説明も無しに、急に転校だなんて。」

「ごめんね。でもね、どうしようもなかったの。私は弱いからさぁ。いけないことをしたのに、まだチエコに甘えているようじゃだめだなって。


でも、こうやって顔見ちゃうとダメだね。思い出が溢れてきて、離れたくなくなっちゃうよ。

チエコ、やっぱり、私のお願い事もう一つ聞いてくれる?」

「なんだって聞くよ。私たち、親友でしょ?」






「離れてもずっと、忘れないでいてね。」


マユはそう言ってスタスタと歩き出した。
決して追いつけない速度ではなかったのに、私はなぜかマユを追いかけることができなかった。これ以上踏み込んでは行けない気がしたからだ。

神様、できることなら夏休み前に…

そう願ってももう、叶わない。


あんなにしつこかった蝉の鳴き声はいつのまにか止んでいて、風が葉をカサカサと揺らす音がわずかにするだけだった。


もうすぐ、秋が来る。
そして冬が来て、春が来て、また夏が来る。

この夏のことを、私は一生忘れないだろう。










10,076字。意味がわかりませんか?私にも、意味が分からないです。みなさん、好き勝手やりすぎです。酔っ払った勢いで全部描き終えました。どこかが矛盾してますか?知りません。
でもね、悔しいけど、楽しかった。ダーキさん、あんたには敵わないぜ。

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