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【#01】真夏の蛙化現象。

〈まえがき|創作のヒント〉
物語を作るうえでのポイントは、7つの要素です。1つ目に「主人公の存在」、2つ目に「解決したい問題」、3つ目に「魅力的な導き手」、4つ目に「具体的な計画」、5つ目に「行動」、6つ目に「失敗と成功」、そして最後に「キャラクターの成長」となります。

皆様に本日お読みいただく第1章では「主人公の存在と解決したい問題」を群像劇ぐんぞうげきのように描くことで、無限の分岐を持たせることを目指します。リレーですので、オチもなにも決まっていません。どのように調理してもらっても構いません。

今日から真夏が始まりました。約1ヶ月間の週刊連載リレー小説エッセイに、しばしおつきあいくださいませ。


-第1章|チエコの独白


どうしてこんなことになったのかしら。

真っ黒な垂れ幕がおりたような空の下。東京都は葛飾区。おなじみの帝釈天たいしゃくてん参道には目もくれない。ひとり歩く。いかにも下町。『男はつらいよ』は見たことない。


生まれたときからずっとこの風景の中で育ってきたけど、私は将来、海外で暮らすことが決まってる。だから、来年にはこの葛飾区下戸川げこがわともおさらば。


チエコという名前は、いかにも日本的なネーミング。大好きなおじいちゃんにつけてもらった名前だから、あっちにいっても「チェコ」みたいに発音して大切にすると決めてある。



明日は夏休みがあけて、初めての学校。

クラスのみんなには久しぶりに会えるけれど、気がかりはベストフレンドのマユの恋模様。

教室の元気印のマユが「下戸げこ川の花火に誘われたから、たぶん大丈夫だと思う!」と言っていたのはおととい。

あの子がそう言うなら大丈夫だろうとは思ったけど、大学受験直前のこの夏、最後の最後にまさかあんなことになるだなんて。



空に合わせて心がどんどん暗くなるのをふり払うように、私よりも2年早くカナダに渡った恋人、バームにLINEする。

「これは反省だわ」

「そう? チエコが反省することじゃないよ」

バームは3歳上だから、私とも波長が合う。
黙って話を聞いてくれるし、励ましてもくれる。

バームはインスタで「@バーム|トロント留学生」を更新し続けてたけど、もう4日更新が途絶えてる。あの人らしくもない。でも理由をたずねることもない。



夏休みあけの朝8時、
1ヶ月ぶりにクラスの全員が教室に集合する。

最後の部活に励んだ人、受験勉強にスパートをかけた人、進学せずに就職する人。それぞれ目的地が異なる生徒がひとつの場所に集まるのは、まるで空港のよう。

海外大学を志望しているのは、学年でも私1人。国際線ターミナルにひとりぽっちな気分になるけれど、落ち着いた心でこの教室を見渡せる。


「ほな、連絡事項いくで〜」



ヤスはこの都立下戸川北げこがわきた高校3年2組の担任教師。現代文を担当していて、大阪出身らしく関西弁がキツく声が低い。生徒にも関西弁を伝染うつしちゃってる。

ヤスはやたらと背が高くて「阿部寛が189cmやから、俺とそんな変わらへんねん」が口ぐせ。私とマユが「ねぇ、ヤス〜」と呼び捨てにしても怒らない。



「ねぇ教授。この問題ってmodモッド使って解くんでしょ? modって俺たち習ってないから不公平じゃね?」

1時間目の直前、前の席から文化委員のイトーの声が聴こえてきた。

コイツは一橋大を志望しているらしい。この時期にこの質問をしている程度では、おそらく合格しないだろう、と私は予想している。

イトーは北海道出身で、お父さんの転勤でこっちにきたらしい。むかしマユと「イトーの北海道あるあるの話、いちいち長くね?」という話題で大笑いしたことがあった。たしか、下戸川げこがわ駅前のサイゼで盛り上がったんだ。



「……あぁ、それはですね……」


イトーのとなりの席には、男子から「教授」というあだ名でよばれる男の子。白の半袖ワイシャツからは、シャツと同じくらい白い腕がスッと伸びてる。

私とマユの間では彼のことは親しみを込めてじゃむ兄と呼んでいる。

じゃむにい下戸川北高校ゲコキタ1番の秀才で、東大を志望しているらしい。マユが「じゃむ兄なら現役合格っしょ!」と肩をたたいたときは「むむ! い、いやいや、わかりませんよ」と言っていて、私は後ろで笑った。





「あ、チエコ! おとといの話だけどさぁ〜」

教室の後ろの入り口から、ノリユキがぬっと入って話しかけてきた。ノリユキは別のクラスのくせに、よく私に会いにくる。下戸川大学げこだい薬学部志望の幼馴染だ。彼とは家がとなり同士で、3才のころからよく遊んだ。

誰とも分け隔てなく話すノリユキ。一時期「コイツと付き合うのかな」と思ってたけど、結局告白されることはなかった。

気まずさはないものの、ほのかに気になる存在。

私とバームの遠距離恋愛が決まったときも、ノリユキは「俺たちならチョー近距離なのにね! 至近しきん距離!」とだけ言っていた。


「そ、その話は、お昼休みでいい?」

「あ、そう?」

「うん、これから現代文はじまるし」

「じゃあ、お昼休みまたくるね!」

ノリユキには申し訳ないけど、おとといの出来事は授業直前の3分で話せることじゃない。今日のお昼休みでも話し切れるかどうか。



「よ〜し、じゃあ授業始めるで〜! 今日は立命館の現代文を解説していくからな〜! 飛ばしてくで〜!」

「なんでやねん、だれも立命館いかんやろ」

イトーがツッコミをいれるがだれも反応しない。

じゃむ兄の机の上には、広辞苑のように厚い東大の赤本が置いてあって、ヤスの話そっちのけで黙々と解いている。


私はすでに進学先が決まっているから、今日この時間も、卒業までの時間も、すべてが自習時間だ。どんな授業の時間でも英語の勉強をすることにしている。

……ただ、今日は違う。

やらなきゃいけないことがある。



ヤスがいつものように、黒板にスラスラとキレイな文字を書いていく。「関西人なのに文字はキレイなんだよね」とマユが言ったら「おい、それは偏見やぞ!」と言って、クラス中が爆笑したのは1学期の話だ。


神様、できることなら夏休み前に……。

そう願っても、もう叶わない。



ヤスが私たちに背を向けて、黒板に文字を書く。


なんだか教室は静かで、外からは9月でも鳴り止まない蝉の声。それから黒板とチョークがこすれる音だけが響いてる。


『原始の男女のさざめき』


ヤスが黒板に、立命館大の評論文タイトルを書き終える。いつもなら笑顔でこちらを振り返って「解説いくで〜」と言うはず。

なのに今日は。

クルッとふり返ったヤスは、笑顔とも真顔ともいえない、あいまいな表情だった。

そして静かに言った。



「……なぁ、大川マユは、なんで休みなん? だれか聞いてへんか?」




教室中に、緊張の糸がピンッと張った音がした。


<来週へつづく>

<あとがき>
登場人物はこの記事に書いた7名です。考察ポイントをいくつか散りばめました。参加者様はマジで好きに書いてください。飛び入り参加の方は、本編とは異なるサイドストーリを書いてくれても構いません。参加者様が「もう2度と参加したくない」「仕事が手につかない」となってくれることを祈ります。今日も最後までありがとうございました。

【この話の続き】ウエダヤスシさんだ!

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