【#06】真夏の蛙化現象
例によって、四半期ごとに開催されるイトーダーキさんのリレーエッセイ企画に参加している。
今回は「真夏の蛙化現象」と題して、何とリレー小説を書くことになった。
私にどだい小説は似合わない。苦しい。
これまでの流れはこちらから。
第1回はイトーダーキさん。
この連載を始めた張本人だ。物語の方向性は彼が決めた。
【第1回のハイライト】
・主人公は高校3年生のチエコ。チエコの年上の恋人バームはカナダで暮らしている。
・友人のマユは誰かから下戸川の花火大会に誘われたらしい。
・そのマユは夏休み明け、なぜか欠席している。
・幼馴染のノリユキは「一昨日のこと」をやたら気にしている。
第2回はヤスさん。ライター講座を主催していらっしゃる。
【第2回のハイライト】
・クラスの全員はマユの欠席理由を知っており、担任のヤス先生だけは知らない。
・今朝、マユはグループLINEで何かを送ってきた。ノリユキに関する何からしい。
・事件は夏休み最後の日に当たる昨日、下戸川花火大会の日に起こった。正しくは「起こらなかった」。
・チエコがノリユキに対して起こした「あるアクション」が、全ての原因だった。
第3回はChiekoさん。海外で働いていらっしゃる。
【第3回のハイライト】
・あるアクションとは、チエコがノリユキを花火大会に誘ったことだった。昨日の花火大会に、チエコはノリユキと一緒に行った。
・そこでマユが担任のヤス先生と一緒にいたのを目撃する。
・ヤスは進路相談と称してマユに呼び出され、ついマユと付き合ってしまった。
・花火大会も、結局ヤスが誘ってしまった。
第4回はノリユキさん。薬剤師さんだが手広く活躍しておられる。
【第4回のハイライト】
・花火大会のさなか、ヤスは妻からの着信を無視。
・一方、チエコとともにいるノリユキにも着信が。携帯を複数持つノリユキにチエコは愛想を尽かす。
・マユはヤスに「お願い聞いてくれる?」と言う。お願いとは・・・?
第5回はバムさん。理系の大学院生さんだ。
【第5回のハイライト】
・カナダにいるはずのバームは実は北海道にいた。マユに思いを寄せるバームは、チエコとは別れたがっている。
・バームの居場所に気づいたイトーはバームを脅迫し、マユ殺害計画に加担させようとする。
・バームはじゃむ兄に相談しようと考える。
何だこの展開・・・?
突然ジャンルが変わったぞ。
まあいい・・・。予測不能な展開こそリレー小説の醍醐味だ。
とはいえ、私の次でリレーは終了。アンカーに引き渡すとなれば、そろそろ収束に向けて動き出さなければなるまい。
ある程度、伏線を回収にかからなければ・・・。
第7章 あの日見たもの
何も集中できないまま1限・2限は瞬く間に過ぎ、昼休みになった。
お弁当を開けるよりも早く、ノリユキがやって来る。
「ねえ、おとといのことなんだけど・・・」
ノリユキが不用心に話し始めるので、私は「しっ」と注意深く周りを見渡し、ノリユキを屋上に連れ出した。
「おとといのこと、あれ、どうすんだよ」
ノリユキはとことん無邪気だ。こんな明るいノリで話せるような話題じゃないのに。
「まだ迷ってる」
「警察に通報した方が良いんじゃないのか?」
「でも、事件に関係あるかどうか分かんないし・・・」
【おとといの出来事】
おととい。つまり花火大会の前日。
私はノリユキの家に行き、花火を一緒に観ようと誘った。
その後、ノリユキは
「遅くなったから家まで送る」と言い出して、一緒に外に出た。
「家まで送る」が口実なのは明らかだった。何せ私とノリユキの家は隣同士なのだ。
「親の目から離れて二人きりで外を歩こう」ということを、彼なりに言い換えたつもりなのだろう。
そのまま二人で川べりまで歩いた。無言だった。
普段はあんなに饒舌なのに、1秒と間があかないくらいにいっぱい話しているのに、なぜか夜の空気が私たちを寡黙にさせた。
こつん、と手が触れ合った。
ノリユキからだ。手をつなごうという提案なのかな、と思いながら、私はふいに緊張を感じて飛びのいてしまった。
「ごめんっ!」
と思わず大きい声を上げると、静かな川べりに異様なくらいに響いてしまった。
「いや・・・こっちこそ、ごめん」とノリユキは気まずそうに少し距離をあけた。
また二人で歩き出した。今度は少し離れて。
しばらく経ったときだ。
橋のあたりでガサゴソと人の動く音がした。
下戸川の堤防は広い。堤防を降りた川べりの道は地元の人たちのジョギングコースとしてよく使われている。
聖橋(ひじりばし)は堤防の頂点同士をつないでいるから、川べりの道を歩く私たちは聖橋の下をくぐることになる。
その聖橋の下に、人影が見えた。
川べりの道から堤防を上がっていって、もう普通の大人が立ち上がると橋で頭を打ってしまいそうなその場所で、人影は座ったまま何か作業をしていた。
橋の影になっていて、月の光もほとんど当たらない場所だ。
何をしているのか想像もつかなかったが、ノリユキとひそひそと「怖いね」と話し合って、ばれないようにそっとその場を離れた。
私たちはこのことをすっかり忘れて、翌日の花火を楽しんだ。花火大会当日は何も起きなかった。当日は・・・。
【事件発生】
事件が発覚したのは、花火大会の翌朝だ。
観客たちが残したゴミを拾うため、自治会の人たちが川べりを掃除していたときに、それは見つかった。
爆弾だった。
決して爆発力は高いとはいえない。橋を破壊するほどのパワーはないという。
しかし、近くにいる人を吹き飛ばすくらいは容易にできる、十分な殺傷能力を備えたものだったという。
警察は、
「犯人は花火大会中に爆発させようとしたが、何らかの原因で失敗し、不発に終わったのではないか」
との仮説を立てて捜査しているが、今もなお犯人は不明だ。
私は、ノリユキと一緒に目撃したあのことを、まだ誰にも言っていない。
ノリユキが言う。
「おとといの奴が絶対仕掛けてたんだって! 警察に通報しなきゃ」
「でも、人影を見たってだけでしょ? 誰なのか分からないんだから、何の情報にもならないじゃない」
「いや、仕掛けた時刻が分かるだけでも、十分な情報なんじゃない? 一緒に警察に行こう」
「待って。そう焦らないでよ」
私が警察への通報をためらうのには、理由があった。
犯人は身近にいるような気がしたからだ。
朝のニュースでこれを知ったとき、私は花火大会当日にマユとヤスのデートを尾行したことを思い出した。
二人は、聖橋の下へと消えていったのだ。
ヤスにとって、地元の高校生たちに見られるわけにいかない逢瀬なのだ。できるだけ見えにくい場所から花火を見ようというのは当然の心情だろう。
マユとヤスの交際を知っている人間ならば、あの二人が聖橋の下に行くことを予想することはそう難しくない。
だとしたら、あの爆弾が狙ったターゲットは、マユまたはヤス、あるいはその両方ということにならないだろうか。
二人が狙われる動機はさっぱり分からない。
でも、動機を持ち得るのは二人と関係の深い人間だ。そう、私の所属する3年2組の中にいるかもしれないのだ。
午後の授業を休んで警察にでも行こうものなら、私もまた犯人から目をつけられるかもしれない。
ターゲットがヤスかマユであった可能性に、ノリユキはまだ気づいていないようだ。
私はノリユキに
「警察には私のタイミングで言いに行くから」
と言って、徹底的に口止めをした。
ノリユキはなおも不満そうだった。勝手に行動しないか不安だ。
【マユの身に何か・・・】
ノリユキがふと気づいたように言う。
「マユが今日休んでるんだろ。何かあったのか?」
私は
「大丈夫よ」
と言うにとどめた。
マユは今朝、クラスのグループLINEに誤爆をやらかしてしまった。
グループLINEが活発に動いていたせいで、
「ノリユキ君だって誰かと行ったんでしょ???」
というあまりにあまりな内容をそのグループLINEに送信してしまった。
これが昨日の花火大会をめぐる発言であることは明白だった。
ノリユキがマユに「花火大会、誰と行ったんだよ」と仕掛け、マユが反撃したというのは容易に理解できる。
クラスの女子たちはこれを大いに囃し立て、グループLINEは地獄と化した。
別クラスのノリユキはこれに気づいていない。とても言えない。
マユはあまりの気まずさに、登校できなかったんだろう。
たぶん、それだけだ。きっと。
とはいえ、私はマユの欠席と爆弾事件との関連を全く否定できたわけではなかった。
マユの身に何か良からぬものが忍び寄っているような・・・そんな気がしてならなかった。
とにかく、早くバームに連絡を取らなくては。
バームはトロントの大学で爆発物の研究をしているはずだ。
今朝のニュースはもう見ているだろうし、バームの意見を聞けば、犯人に迫れる何らかのヒントが得られるかもしれない。
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