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僕が1番楽しみにしているのは、アカデミー賞作品でも、話題の恋愛映画でもなく、

昔から何をやっても中の下か、良くて中の上くらいだった。
親に入らされた少年野球は義務感で通っていたし、
運動会のリレーは出番なんてあるばすのない補欠、もしくは補欠のまた補欠。
がんばってるのに、「がんばろう」ばかりの成績表。


高校は第一志望の公立高校に落ちて、名前だけ書いたような推薦入試で受かった私立に進学した。
友達はいたし、学校はつまらなくはなかったけど、
県大会で名前を残すくらいの、そこそこの野球部では
なぜか僕の代だけ、2回戦で負けて夏が終わった。


大学生になり、映画研究会に入ったのに大した理由はなかった。
もともと、大学ではサークルに入らず、アルバイトと、これまでろくにやってこなかった勉強に集中しようと思っていたのに、
高校からの親友のマサシに、

「大学でサークル入らないと友達で大学で孤立するらしいぜ!!ほらこの映画研究会ってやつ、活動日週1回だし会費も安いし、可愛い女の子いっぱいいそうじゃん!!」

と乗せられ、なんやかんや"みんなと同じ"じゃないと怖い僕は4月の3週目に入会届を出していた。




同期として映画研究会に入った彼女は僕とは正反対の、太陽みたいな人だった。


小麦色の肌にポニーテール、笑った時には落花生でも入るんじゃないかというくらい大きなえくぼができる。いつもみんなの中心にいて、誰とでも分け隔てなく接する彼女が2年生の時に研究会の代表に就任したのは誰もが納得だった。




僕がイヤホンで音楽を聴きながら、なんとなく曲の雰囲気に合わせて足を進めていると、いつも彼女にドンッと肩を叩かれ、リズムを崩された。



「おはよーーー!!」
「もっと静かに挨拶できない?」
「何その言い方!!元気なさそうだから元気出してあげてるんじゃん!!」



一連のやり取りは心地いいものになっていた。



もう一度言うが彼女は大学の映画研究会の代表で、つまり映画に関しては僕なんて足元にも及ばないくらい詳しかった。邦画や洋画はもちろん、インド映画、アニメまで幅広く観る人だ。研究会のメンバーには、「邦画は面白くない」という謎の持論を展開するヤツもいたが、彼女はどんな映画も否定しなかった。何の映画が好きなの?と聞いてもこれ、と言って返ってきたことはなかった。


「映画自体を観ているっていうより、映画を通して自分をみているの。色々な国とかジャンルの映画を観て、『こういう種類の映画を観ると自分はこう感じるんだ』って思って、その感覚を集めているの。」


と言う彼女はいつもよりずっと遠い存在に感じて、なんだか恐ろしかったけどそれもまた、僕が彼女に引き込まれる理由だった。


彼女をデートに誘うには、「映画」「友達」の二単語だけで充分だった。
隣の席で映画を観て、今どきおじさんが席でタバコを吸っているような安い居酒屋に入って、僕は誰にでも言えそうな感想を偉そうにぺらぺら語り、彼女は言葉を慎重に選んで感想を語った。酔ってくると、例の、「映画を通して自分をみる」ことについて、語ってくれた。



ドンッ



「おつかれーー!!」
「痛っ。もう少し静かに挨拶できない?」
「とか言って、喜んでるくせに~」



彼女の方が僕より歩くのが早くて、足のリズムが少しずつズレていくことすら僕は気になる。僕は必死に彼女の歩調に合わせて、ぴったり同じ速度で歩くように努力する。


正直、映画なんて全然観ていない。隣の席でスクリーンに釘付けになっている彼女の鼓動を感じている。彼女は映画に夢中なので、時々その表情を覗いてもバレやしない。誰も泣いてないシーンで何が響いたのか号泣する姿も、主人公が負傷したら自分のことのように顔をしかめるのも、裏切り者に眉をしかめて明らかに怒っているのも、全部愛おしくて、自分のものにしたかった。


その日に観た話題の恋愛映画は、俄な僕にも分かるくらいベタな終わり方をした。エンドロールが流れ、彼女はこの後なんて言うんだろう、僕はどんな感想を用意しよう、そればかり考え、ジンジャーエールの最後の一口を飲み干そうとストローに口をつけると、隣の彼女はエンドロールの最後の最後まで相も変わらずスクリーンから目を離さず、目を細めて余韻に浸っているようだった。





あぁ、そうだ、






エンドロールの最後の最後まで観たがる彼女の横顔が、僕がいつも1番楽しみにしていたところだった。



今日こそは、




《おわり⭐︎》

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