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蝦夷錦 三. 戦国期の北海道 小説

前回の話。追い詰められた和人。その中から一人の若武者が立ち上がった。義父は策を張り巡らせ、敵の大将コシャマインの首を狙う。蠢き出た男たちの野望。若き大将、武田信広は蝦夷との戦に疑問を持ちつつ、馬を駆けた。


序章   三.   渡党


俺は、蝦夷になっちまったんだ。

俺の親父は商人でさ、陸奥と渡島を行ったり来たりしてたからよ、兄貴が親代わりのようなものだったんだ。


渡党に生まれたはやつは、みんなそうさ。

元は和人だか唐子蝦夷だか知らないが、俺は生まれたときから渡党だった。十五になりゃあ男はみんな船に乗るか、北のシリベシ辺りに行ったもんだ。

俺は兄貴を追っかけて北に行ったよ。シリベシを目指したはずが、間違えてシリベツに着いちまって、随分と大目玉を喰らったもんだ。

はじめて見たシリベツの山ってのは、実に見事だったぜ。大昔に来たっていう和人が、蝦夷不二っていう大層な名前を付けていったそうだが。

蝦夷ってのは渡島のことだろ。渡島に二つと無い山、そりゃ見事なわけだ。


でもよ、おかしくねえか。


そうすると、和人たちから蝦夷って呼ばれてる俺たちは、渡島の人ってことじゃねえか。

それは間違っちゃいないが、なんでわざわざ渡島の人って分ける必要があったんだ?

俺は渡党として生まれたけどよ、爺さんは陸奥から渡ってきた和人だったんだぜ。日ノ本蝦夷だっていう婆さんとの間に生まれたのが、俺の親父さ。

それなら俺は和人でもあるし、日ノ本蝦夷だって言っても違っちゃいねえ。それが渡党ってもんだと、親父も兄貴も言ってたぜ。

しかしよ、和人は俺たちのことを蝦夷って言いやがるんだ。渡党は蝦夷のであるってよ。間違っちゃいないんだが。


俺たちは渡党だ。蝦夷と和人が混ざり合って出来たのが渡党だ。だから俺たちは皆、和人の言葉も話せるし、蝦夷の言葉も話せる。お互いの言葉で商売をして、銭を稼ぐ。それが渡党の生き方なんだ。


けどよ、和人の数が増えて、蝦夷は騒ぎ始めたんだ。土地が奪われるって。

ハガネが入らなくなってマキリが高くなって、ついには死人が出ちまった。


気づいたときには、蝦夷たちは立ち上がってたよ。

コシャマインってのがいてよ、狩りの名人だとか、日ノ本蝦夷の首領だとか知らないけどよ、うまく弁の立つやつでよ。

蝦夷は、みんなこいつに乗せられちまったんだ。

でよ、このコシャマインが言うわけだ。俺たち渡党はどっちの味方なのか、ってな。

どっちって聞かれてもよ、俺達は渡党だ。和人でもあるし、蝦夷でもある。渡党は渡党なんだよ。

そう言ったやつがさ、目の前で殺されちまった。目の前にマキリを出されてさ、そのまま首をポーンって刎ねられちまったのさ。

そのあとによ、もう一回聞くわけだ。


「お前たちは、どちらの味方なのか。」


それでよ。俺たち渡党は、みんな、蝦夷ってことになっちまった。


親父は陸奥から戻らねえし、爺さんや婆さんもいなくなっちまって。お袋は健在だが、あれは完全な和人さ。一緒に居たら危ない目にあっちまう。


だからよ。俺と兄貴はこっそりお袋を逃したんだ。

和人ってのは立派な館に住んでいてな。和人なら中に入れるんだよ。なぜが俺たち渡党は駄目なんだけど、和人なら入れるんだ。

お袋は駄目だった。おかしいだろ、お袋は和人なんだぜ。なのに渡党だから駄目だってさ。言われちまったもんは仕方ねえよな。

仕方ないから、お袋は無理やり船に乗せた。陸奥に行く船は、みんな渡党のもんだからな。こっちは簡単だったな。


大変だったのは、そのあとさ。

俺と兄貴はさ、日ノ本蝦夷になったんだ。いや、なっちまったんだ。有無を言わさずにな。

俺達みたいな元・渡党はさ、日ノ本蝦夷の中でも一番下っ端よ。銭はみんな取られちまって、飯も食うのも一番最後、寝るのも一番最後。つらいよな。

コシャマインの野郎、和人相手に戦を始めやがった。

とにかく、すごい数の蝦夷が集まったよ、渡島にこんなに蝦夷がいたのかってくらい。


でもよ、俺は思うんだ。


俺みたいに無理やり蝦夷になっちまった渡党だって、たくさんいたはずなんだ。そいつらが加わりゃあよ、蝦夷は大軍になるに決まってら。

みんな銭を取られちまって、生きていくにはコシャマインに従うしか道がねえんだ。

あいつがよ、和人と戦えって言えば戦うし、和人の館を燃やせって言うから、皆必死になって燃やしたんだ。和人と殺し合いながらな。

俺たちは渡党だ。渡党は商人なんだ。和人を殺すために生きてるわけじゃないし、殺されるために戦ってるわけでもないんだ。


飯が食えねえから、みんな仕方なく従ってるだけなんだよ。


そんなことを言ってるうちに、蝦夷たちは次々と和人館を落としちまった。逃げたやつも大勢いたけど、死んだやつも大勢いた。俺達も、和人もな。

いつの頃からかコシャマインのやつは見なくなったが、代わりのやつが北へ行けって言うんだ。和人の館を落としたばっかりなのによ。

兄貴がさ、和人に斬られちまって。怪我がひどいから、和人の館に残ったんだよ。俺も残りたかったんだけどよ。蝦夷たちと一緒に北に向かったんだ。

春の渡島ってのはさ、雪が溶けるから、そりゃどこも泥だらけでよ。

ただでさえ俺たちは大勢なのに、この泥道だ。前に進めっていうほうが無理なんだよ。

しかも、川の水が溢れそうなくらい流れてやがって、雪解け水だから冷てえんだ。橋なんて大層なものはねえから、そのたびに命懸けで越えるんだ。

泥だらけになりながら歩いて、凍える川を命懸けで越えて、俺たちは歩き続けた。


しばらくしてよ、俺たちの前の方から煙が上がったんだ。どんどん煙が近くなって、すごい臭いがするんだよ。和人館が燃えるときの、すごい臭いさ。

寺が燃えてたんだ。和人たちの寺がさ。

和人の館と間違えたって話なんだけどよ、間違えで燃やされちまったんじゃ堪んねえよな。中にいた和人も、みんな殺されたって話だ。ひでえもんだ。


でよ、しばらく歩くとよ、声が聞こえてくるんだ。叫ぶ声がな。

戦が始まったんだって分かったよ。俺たちはずっと、戦い続けてるからな。

だがよ、いつまでたっても俺たちは前に進めなかった。前のやつも、その前のやつも同じさ。叫び声は聞こえてくんのに、俺達は突っ立ったまんまだ。

俺達は出番なしか。って誰かが言ったのが聞こえたよ。ここが和人最後の館だっていうじゃねえか。俺たちは出番なしか。こりゃめでてえよ。


戦が終わりゃ、俺達は元通りになれるのかな。もう戦なんて俺は御免だね。

兄貴の傷が治ったら、俺は陸奥に行くんだ。お袋を迎えに行って、親父を探してさ。また一家みんなで一緒に暮らすんだ。渡党の復活ってやつだね。

渡島が駄目でも、俺達には船がある。船がありゃ、どこにでも行けるんだ。

とりあえずは陸奥に住んでよ。鎮西に行ったっていいんだ。そのさきの明国にだってよ、行こうと思えばいけるんじゃねえか。


なんたってよ、俺たちは渡党なんだ。どこでも生きていけるんだ。



籠もっていたはずの和人が、突如として蝦夷たちの背後を急襲した。不意を突かれ蝦夷たちは浮足立った。蠣崎季繁率いる二〇〇の兵が決死の覚悟で突撃してくる。

慌てた蝦夷たちは崩れ、我先にと逃げ出した。前は花沢館、後ろの浜からは和人の軍が迫っている。

大勢の蝦夷の男たちは逃げ場を失い、天ノ川に飛び込んだ。

雪解け水で溢れそうな春の渡島の川。凍えるほどの冷たさに耐えきれなくなった蝦夷たちが、次々に流されていく。立ち止まっている蝦夷たちの頭上には、雨のような矢が降り注いだ。

攻め寄せていた蝦夷たちが退却するのを見て、館を守っていた近藤季常は門を開き追撃を命じた。逃げる蝦夷たちの背中目掛けて、和人たちが殺到した。


数多くが討ち取られるか、川に流されるかで、蝦夷たちは総崩れとなった。



蝦夷錦 2.   https://note.com/matterhorn/n/nda61cee85d35

蝦夷錦 1.   https://note.com/matterhorn/n/n2f23f4e743c4 

人物・用語説明   https://note.com/matterhorn/n/nf84e68941247

参考文献 :                                                                                                              諏方大明神画詞 諏方社縁起絵巻・下 (東京国立博物館デジタルライブラリ) 新羅之記録 上・下 (函館市中央図書館デジタル資料館)

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