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短編小説8「身の程知らずのメーテル・ラッチ」

《あの女の子たちは、お金を貰っていた。
絶対知っちゃいけないことだった・・・。》


 ボサボサの髪をかき、パソコンの前でカタカタと文字を打ち続ける女性、毬地優華(まりち・ゆうか)は、目の下の濃い隈をつまみ霞む目をこすった。

「終わったぁああっ」

 『タァーン!』とキーボードを思いっきり叩き打ち、その場に寝転んだ。
 そして、締め切り前の恒例だが、彼氏に起こしてと辛うじてメールを入れる。
 二、三日風呂に入っていないが、なんとか締め切り前に小説を書き終えた安心感から秒とたたずに眠りに落ちた。

 毬地は、小説家を目指すフリーターだ。今は締め切り前の追い込みでバイトをすべて休んでいる。
 寝転んだのは昼頃だったが、夕方を過ぎてもまだ寝ていた。

「ったく、部屋ぐちゃぐちゃじゃんか」

 言いながら毬地の服を漁るのは、下着泥棒ではない。さっき連絡を受けた彼氏、口里火鉄(くちり・ひてつ)だ。彼は連絡を受けて仕事終わりに駆けつけてくれた。

 毬地が小説を書いているときから世話をしに来ていれば、こんなに溜まらないのだが、集中が切れるからとその期間が出入り禁止にされている。

「俺こいつと付き合ってていいのかな……」

 そういうと毬地の気持ちを現すかのように稲妻が走った。外は天気が悪いのか、さっきから頻繁に閃光が走っている。
 日は落ちて、もう夜だというのにその瞬間は昼間のように明るくなる。

 パチと毬地は目を覚ました。死んだように寝ていた状態から飛び起きる姿は少し怖い。

「アークドイゾン!!」

 何やら訳のわからない言葉を叫んだ。寝ぼけているのだろうか。

「私の幸せあなたの不幸、集まれハッピーウィンク!」

 またおかしなことを叫びだした上に、何もいないところに向かってウィンクをしだした。毬地の奇行に口里は本当に別れを決意しそうだ。
 しかしそれよりも、声をかけられないでいた。見てはいけないものを見ているようで。そして奇行は終わっていないようで

「きらきら! きゅうーん!」

 見るに堪えない瞬間だった。胸元に両手でハートを作ってくるりと回った。しかしその瞬間、パステルピンクの光が毬地を包む。
 服の形状は変化し、アイドルのようにふわふわフリフリのドレスに変化していく。極めつけは、髪の毛を大きめのリボンでまとめた姿で、その場に現れた。
 不思議と顔や見た目も変わっている。

「魔法少女メーテル! 悪事を働くアークドイゾン、覚悟しなさい!」
「優華!?」

 魔法少女に変身……した毬地に戸惑いからずっと溜まっていた声が出た。声と一緒に目玉も飛び出そうなほど驚きながら。
 毬地は、窓に向かって飛び出そうとしたところだったが、みるみる顔面蒼白になる。

「……。……なんでいるの火鉄くん!」
「ヘルプメールしてきたんじゃん!」
「はぁぁぁそうだったぁぁぁぁ」
「いや、てか、いや、え、なに? なんなんなんこれ? なに、ぜんぶなんか、なに?」
「うううぅ。見ちゃった?」
「がっつり」
「どこから?」
「いびきかいて寝てたら跳ね起きたとこから」

 ゴクリ、と唾を飲む毬地。
 彼女の正体は副業魔法少女。悪の生命体アークドイゾンから市民を守っている民間魔法少女の一人だ。

 彼女ら魔法少女は、アークドイゾンの討伐数によってランキングをつけられ、給料が決定する。フリーターの毬地にとっては大事な仕事なのだ。

「火鉄くん、私ね」
「お、おおう」

 口里もゴクリと唾を飲む。毬地と違い一般サラリーマンの口里だ。この状況は少々ぶっ飛んでいる。

「実は私は、魔法少女なの」
「……少女って歳かよ」
「それは言わないでよーー!! わかってるし! わかってるけど少女って職業なの!」
「……少女って『職業』!?」

 職業『少女』。口里はこれほどヤバい言語を知らなかった。正当な仕事なはずがないだろう職業少女なんて。
 自分が知っていた毬地の知らなすぎる一面に、追いつけないでいる。

「魔法少女って職業はね、民間で密かにやってるの。女の子なら皆が知っていることなんだよ。男子禁制の秘密の職業なの」
「ふぇーー」
「アークドイゾンっていう悪の生命体がいて、それを退治してるの」
「ふぇーー」

 口里は『ふぇー』しか言えなくなった。

「……このことを知った男の人はね」
「えっ、なんかあるの? 言わないよ、だれにも言わない」
「違うの。放っておいたらアークドイゾンになっちゃうの」
「えーーー!! 俺悪の生命体になるの!? 嘘だろ!」
「ホントなの」

 呆然とする口里とパクパク口をさせてる毬地。外のアークドイゾンはどうするのだろうか。他の魔法少女に退治されてしまうぞ。

「退治、されたくねぇなぁ……」
「方法は一つあるよ、あるんだけどね」
「あるのか! やるやる、なにをしたらいい!?」
「火鉄くんも魔法少女になるの」
「いや少女て」
「少女になるの」
「少年ならまだしも」
「いいえ、少女になるの」
「職場になんて言えば」
「カミングアウトするの」
「俺優華の彼氏だけど」
「……私は構わないわ。火鉄くんは少女になっても火鉄くん。……だと思えると思う」
「ちょっと不安になるなよ!」
「どうするの! このままじゃアークドイゾンになっちゃう!」
「そんな速いの!? 決断が難しいよ、ああ、でもなる! なるよ! とりあえずなっちまうよ!」
「わかったわ火鉄ちゃん!」
「ちゃんはダメー!」

 毬地は、手のひらのハートの機械を口里に当てる。そうやって無理やり魔法少女に変身させた。

「次からは、『私の幸せあなたの不幸、集まれハッピーウィンク! きらきら! きゅうーん!』ってウィンクしながらやらないと変身できないからね」
「げっ!? さっきのあれ……?」
「私だってやってるし……」
「……うん、みた」
「……ね」

 ずぅん、と二人して沈む。少女になった成人男性サラリーマンと成人女性がふりふりのスカートを履いて部屋に立ち尽くす。

「火鉄ちゃん」
「なに」
「魔法少女ラッチだってさ。変身したら名前を名乗ってキメてね」
「ああ、俺の名前?」
「うん、会社から連絡きた。魔法少女ラッチにするって」
「なんか簡単なんだね」
「私最下層の魔法少女だしね」
「最下層?」

 しばらくテンションの低い会話が続いている。それも仕方ないだろう、彼氏に魔法少女をしていることがバレた成人女性も、少女に変身した成人男性もいたたまれない。

「私たち魔法少女はアークドイゾンを倒した数だったり、町への被害だったりいろんな査定でランキングされるの」
「うっわ、営業マンみたいじゃん。なんか幻滅した」
「あんまり女の子に夢見ちゃダメだよ。騙されるよ」
「既に騙されてるからなんも言えね」

 何を思ったか毬地は少しだけテンションを上げてきた。

「何を隠そう私は成績最底辺魔法少女なのよ! だからいっぱいアークドイゾンを倒さなければいけない。上位の魔法少女をぶちのめしてもね!」
「女の闘いってやつか」
「そ。怖いよ?」
「で、どうやって倒したらいいんだ? 技とか魔法とか使い方がわからないし」

 毬地は何故か歯を食いしばった。少し涙目になりながら

「私魔法使えない……ヘタクソなの」
「……は?」
「変身もやっと覚えたの……」
「嘘だろ、それで上位魔法少女を倒すとか言ってたの?」
「……うん」
「身の程を知らねぇな」
「そんなこと言わないでよ! だってなんかうまくいかないんだもん! 皆最下層に抜かされたくないからアドバイスとかくれないし、どうしてか、なんでやろ? 魔法覚えてくれりゃ火鉄ちゃん……」
「俺任せぇ?」

 そういえば、とっくに閃光は収まっていてアークドイゾンは他の魔法少女が倒したようだ。だからもう二人がフリフリスカートを履いている意味もないのだが。

「じゃあさ、ちょっとづつ魔法覚えてこうか」
「ありがどうっ」
「正直別れようかとか考えてたけど」
「えっ!?」
「いや、一瞬考えたけど、やっぱほっとけないし一緒にがんばろう」
「よがっだぁ火鉄ちゃんー」

 変身した毬地はちょっと可愛いし、みたいなことも口里は思ったのかもしれないが、言わない。

「じゃ、俺らは二人合わせて《身の程知らずのメーテル・ラッチ》ってことで」
「えー、ちょっとダサくない?」
「強くなりゃいいんだよ」
「ほーい」

 それじゃあアークドイゾンを倒しに行くか。と窓へ飛び込もうとしたが

「待って火鉄ちゃん、もう退治されてるっぽい」
「話過ぎたわ」

終わり

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