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地元を愛し、地元民に愛されるまちのお菓子屋さん「林仙堂」。

松山市の和菓子といえば、「坊っちゃん団子」と「タルト」。そう思い浮かべる人も多いはず。観光地としてにぎわう道後温泉周辺や松山中心部の至るところで売られ、お土産にも大人気だ。でも今回は、観光地から少し離れた場所で、地元民に愛される日常菓子を作る「まちのお菓子屋さん」を紹介したい。

歴史と新しい文化が調和するエリアで

それが、昭和35年創業の「林仙堂」だ。お店があるのは、松山市の北側のお城下エリア。かつて寺町と呼ばれたこの一帯は、昔から多くの人が訪れ、栄えてきた。現在は、愛媛大学と松山大学の2つのキャンパスが近くにあり、学生街の一面を持つ。そんな歴史と新しい文化が調和したお城下エリアの特徴を体現するような店が、林仙堂だと思う。丁寧にこしらえた和菓子から、郷土菓子、和洋の創作菓子までを手作りする。しかも、そのどれもが手に取りやすい価格とあって、地元の老若男女に愛される老舗だ。松山に観光で訪れた際はぜひ、地元民にまぎれ込んで、とっておきの松山の味を楽しんでもらいたい。

店は、オレンジ色の路面電車がガタゴト走る、木屋町電停のすぐ南にある。外観の可愛らしいイラストや、その横の入口からでもショーケースに並ぶスイーツやスタッフの笑顔が見えるほど、こぢんまりとした店構えに心が和む。

商品の値段はすべて税込価格で2022年11月24日現在のもの

ショーケースには、上生菓子、生クリーム大福、生ケーキ、シュークリーム、プリンなどがずらり。さらに左の棚や机には、醤油餅、さくら餅、栗まんじゅう、マドレーヌ、フィナンシェなども種類豊富に置かれている。夏には、変わらない味のソフトクリームも登場。林仙堂は、和菓子屋ではなく、れっきとした「お菓子屋」なのだ。

ここにしかないものを、リーズナブルに

「いらっしゃいませ」と明るく出迎えてくれたのは、林るり子さんと、和美さん。お店の歴史や作り手の思いなど、気になるあれこれをお二人に伺った。

「私たちは嫁同士なんです。店は、義父(久夫さん)が創業し、今年62年目になります。はじめは萱町(かやまち)に店があったのですが、ここに移ってきてもう60年ほど。私の主人(聖二さん)が2代目として和菓子づくりをメインで担当し、主人の弟(哉宏さん)が洋菓子づくりを担当してきました。昨年からは、主人の跡を継いで息子(柾希さん)が和菓子づくりを担当しています。私が嫁に来たときは、義父が和菓子も洋菓子も担当し、義母(雅子さん)も看板娘のようにバリバリ働いていました。それプラス従業員が何人かいて、そこに嫁いできた私も入ったんです。今もたまに手伝ってくれる人がいますけど、基本は家族だけでやっています」(るり子さん)

なるほど。「林仙堂」の「林」は苗字からきていたのだ。「仙」は、「仙人のようにお菓子が上手くできますように」という願いを込めてつけられたそう。

「うちは店舗が自宅兼なんです。物件費や人件費をかけていない分、材料はいいものを使っていますけど、安くできています。それに、みんな未だに新人気分でやっているから、高くしないんですよ」(るり子さん)

改めてショーケースを覗くと、丁寧にこしらえた上生菓子も生ケーキもほぼ200円。この安さが、林仙堂の特徴のひとつ。もうひとつの特徴は、他店にはない商品が置いてあること。そのほとんどは、聖二さんのアイデアだという。

「兄(聖二さん)がクリエイティブで、和と洋をミックスさせて『もちもち生どら焼き』などを開発してきました。お団子も、普通は米粉でつくるけど、米をついて『逆みたらし』を作ったり。伝統を守りつつ、新しいことにどんどんチャレンジしてきました」(和美さん)

林仙堂の人気商品「もちもち生どら焼き」は、もちっとした生地に、生クリームをまぜた粒あんが絶妙なハーモニー。見た目は普通のどら焼きと変わらないが、食べるとその食感、その味にびっくりする。第26回全国菓子大博覧会で橘花栄光章を受章するなど、名実ともに林仙堂を代表する商品だ。

多くのファンを持つ「もちもち生どら焼」

「伊予の焼餅 逆みたらし」は、名前の通り餅の中にみたらしのタレを入れた、普通のみたらし団子とは「逆」の商品。長年松山でお茶の先生をされていているGAMYの飯田みどり先生もおすすめの逸品だ。伊予の焼餅は、愛媛県産コシヒカリをご飯に炊いて、潰して、ついてお餅にしているので、粉臭さがないと好評。みたらしの他にも、あんを包んだ「ゴマ」と「よもぎ」がある。特に「逆みたらし」はタレが口につかず気軽にパクッと食べられるとあって、女性にも人気の商品だ。

「伊予の焼餅 逆みたらし」はタレがおいしいとも評判

自分がおいしいと思うもの
人に喜んでもらうものを求めて

聖二さんはなぜ、クリエイティブにチャレンジできたのだろう。るり子さんは、「自分が食べたいと思うもの、おいしいと思うものを追求して、工夫して作っていくからだと思います。どら焼きはもともと、パサパサしていて主人は気に入らなかった。だから、試行錯誤して『もちもち生どら焼き』を開発しました。あとは、人を驚かせるのが好きで、人に喜んでもらいたくてですね」と話す。

先代の味にもたくさんのお客様がついていたはず。その味を変えるとなると、先代と意見が食い違うことはなかったのだろうか。

「もちろんありました。義父もアイデアマンでしたから、主人がクリエイティブに変えようとすることで、バチバチになることもしばしば(笑)。でも、主人は先代を敬いながらも試行錯誤してアイデアを練っていましたし、そのアイデアの素晴らしさもあって、最終的には義父も任せ、主人を尊敬していたように思います」

生来、手先が器用で、ハマったら極める職人気質の聖二さん。念入りにアイデアが練られた商品を次々と作っていった。そんな聖二さんの跡を継ぐべく、2017年には柾希さんが帰省。聖二さんの仕事を覚えていくようになる。

「息子は少しずつ主人の仕事をやるようになりました。クリエイティブな主人についていけず、教えてもらうにも大変だったようですけど」(るり子さん)

さまざまな苦労を重ねながらも、少しずつ次世代へとバトンを繋ごうとしていた矢先、林仙堂に大きな変化が起こる。

お客様を困らせるわけにはいかない。その一心で

「昨年2021年の7月に、主人が脳梗塞で倒れ、和菓子づくりができない体になってしまったんです。主人が(病院に入院して)いない5カ月間は、みんなで現場に入って必死にやってきました。主人は当初、意思疎通ができるのもギリギリなくらいだったので、コロナ禍のため直接会えないながらも、主人の病院を何度も行ったりきたりして、材料の配合を聞いたり。義父も入院したので、そこにも聞きに行ったりしながら、とにかく必死でやりくりしました」(るり子さん)

「兄が脳梗塞で倒れてから、できることを引き継ぐのに精一杯。あのときはもう、どうやって店をやっていたのか思い出せないくらい大変でした」(和美さん)

それでも、お店は定休日以外1日も閉めなかったという。

「うちは店頭に並べる自家製菓子だけでなく、お重餅や一升餅といった行事や儀式事に使う注文商品も扱っているので、お店を閉めるとお客様に迷惑をかけてしまうんです。お客様を困らせるわけにはいかない、とにかく形にしなきゃと必死でした。1度は店を閉めようという話になったこともあります。でも、息子が『頑張る』と言って必死にやり出したんです。主人が倒れなかったら、そこまでしなかったかもしれません。あのとき、息子の意識が変わりました。真剣な顔つきに変わりました。それで私は安心して、『できることをやるだけだ』と思ったんです。創業が62年あっても、私たちはまだまだ初心者のつもりです」(るり子さん)

柾希さんを中心に営業を続ける林仙堂を、お客さんも応援し、認めてくれている。

「うちは、昔からあんこを手作りしていて、おいしいと言ってもらってきました。今はほぼ息子がやっていますが、今でも変わらずおいしいと言ってもらいます」

林仙堂の変わらないスタイル

松山の郷土菓子として知られる「醤油餅」は通常、餅に醤油と生姜をほんのり感じるシンプルなものだが、林仙堂では自慢のあんこを使った「あん入醤油餅」が人気。ひな祭りを祝う節句菓子ではあるが、一年を通して店頭に並ぶ。

なかにたっぷりのあんこが入った「薄皮饅頭」は、一見地味ながら、食べるとその味の虜になってリピートするお客様が多いそう。

みどり先生おすすめのもう1品「うぐいす餅」も、うぐいす色のきな粉がついた求肥の中に粒あんがたっぷり。春から初夏までに限って店頭に並ぶ季節限定品だが、人気商品のため早ければ1月の終わりから作り始めるという。

とにかくお菓子のバリエーションが多い林仙堂。しかも、生菓子中心のため、朝こしらえて9時オープンに間に合わせるには、早朝に起きるのが当たり前だという。

「防腐剤は入れてないから日持ちしないんです。商売としては困るけど、食べる人のことを想うと入れたくないという主人のこだわりで。ほんとは種類も減らしたいけど、それだけを買いに来るお客様も多いので、減らせなくて」とるり子さん。

一人ひとりのお客様のことを何よりも大切に想う。それは、林仙堂の変わらないスタイルなのだ。

世代を超えて、このまちにずっと愛されていく

こうして取材している間にも、自分用に1つ濃い茶タルトを買う女子大学生、家の常備菓子用にいろいろなお饅頭を買うおばあちゃん、お赤飯を買うサラリーマン、お団子とプリンを買う中年男性など、本当に世代を問わず、たくさん人がコンビニ感覚で立ち寄っていく。中年男性は「林仙堂は古き良きまちのお菓子屋さん。近くなので、食べたいときにふらっと来ます」と言い残して去っていった。

プリンも知る人ぞ知る林仙堂の人気商品

林さんたちの言葉からも、訪れる人たちの姿からも、林仙堂がいかにお客様を大切に想い、いかに地元民に愛されているかを実感する。

「このあたりは昔、北条からお城に行く街道で、木屋町商店街が栄え、にぎわっていました。この通りのお店は減って寂しくなりましたけど、ときどき、10、20年前に大学生だった学生が『まだお店あるかな?』と覗いて『あったあった!』『懐かしい〜』と喜んでくれたり、家族連れできてくれたりするんです。義母が人気者だったので、先代から来てくれる常連さんもいます。それはもう財産だなと思うんです。主人も義母の血を引いて人気者なんですよ。だから、病気をしても、たくさんの人が心配してくれて、応援してくれて、いろんなところに主人を連れ出してくれて。本当にありがたいです」

そんな話をしていると、るり子さんが「あ、主人が帰ってきましたよ」と通りに視線を送った。

こちらが、聖二さんとるり子さん。少しだけ聖二さんにもお話を聞かせてもらうと、思い入れのあるお菓子の話をしてくれた。

「この『ポムクリーム』は、実は失敗作から生まれたケーキなんです。焼き菓子を作っていたら、ふくれて中が空洞になって浮いちゃって。でもそのとき、その空洞にクリームを入れたらおいしそうだなと思ったんです。それで、中にクリームを入れてできた商品が、このポムクリーム。小学生が社会科見学でお店に来たときにこの話をすると、『失敗も成功の元なんですね』と言ってくれるんですよ」と聖二さんは笑う。

「ポム」とはフランス語でリンゴのこと。ちなみに、シュークリームの「シュー」はキャベツのこと。最初はひまわり型じゃなく、丸くてリンゴみたいだったから「ポム」にしたという。中のクリームは、シュークリームと同じ、こだわりの生カスタードクリームを使っている。

やさしい食感と生カスタードクリームに大人も子どももハマる「ポムクリーム」

「でも、シュークリームとは違ったケーキのような商品で、うちにしかない味です。実は商品化するにあたって、きれいに膨らませるのに1年間試行錯誤したんです。だから、当時赤ちゃんだった息子は、このポムクリームを離乳食のように食べて育ちました。もう25年前の話です」

そして、聖二さんは最後にぽつりと一言。
「地元の方に愛されるお店が長く続けばいいな」


この原稿を書きながら、買って帰ったお菓子をおやつにいただいた。口のなかにやさしい甘さが広がって、「お客様を困らせるわけにはいかない。お客様に喜んでもらいたい」と、お客様のことを何よりも大切に想い、奮闘してきた林さん家族の顔が浮かんで、心がじんわり温かくなる。

この味も、皆さんの笑顔も、ずっとずっと続きますように。

【林仙堂】
住所:〒790-0821 愛媛県松山市木屋町3丁目10-12
電話番号:089-925-5655
営業時間:9:00-20:00
定休日:日曜日
HP:http://www.rinsendo.jp/index.html
Facebook:林仙堂
駐車場:あり(1台)


今回の書き手:高橋陽子
「日常を編む」をコンセプトに、企画・執筆・撮影を手がけるフォトライター。家族の日常、愛媛の風景、作り手の想いを、写真や文字で残すことが喜び。
Instagram▶︎yoko.n_n.823
Facebook▶︎高橋陽子

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