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優しさと冷たさと(短編・恋愛小説)

琉莉はサンダーバード27号に飛び乗った。やはり福井を出発直後は民家が多い。

琉莉と巧斗が別れてから2週間が経っただろうか。
付き合っている当時、2人は周りから絶対に結婚するといわれている  ほど仲が良かった。どのような思いまでも共有し、どこまでもお互い
を知ってる関係で、それが巧斗にとっても、男友達の誰しも付き合ってもそうにはならないらしく、誇りに思っていた。一方、琉莉もこれまでにない幸福感を抱いて暮らしていた。琉莉は人を好きになる一因に、自分を勝手気ままに放置してくれ、かつ、相手も自分勝手にふるまってくれるかという物差しがあった。一言でいえば、束縛のなさと相手が自分勝手な人である、という条件だった。

琉莉と巧斗はよく出かけた。福井の街で出会った二人は、特急列車に乗り金沢や富山まで、そこからさらに乗り継いで能登まで出かけたこともあった。電車に乗る際、巧斗は毎回琉莉を窓側にすることはなかった。世の中では女性を窓側に座らせるのはほぼ常識化しているが、巧斗はそうはしなかった。自分が窓側に座りたいときは勝手気ままに座ることが多かった。それは電車の座席以外にも当てはまることであった。容姿や性格のわりに彼の恋愛経験が少ないのはこの自分勝手が当てはまるのだろうと琉莉は思っていた。しかし、琉莉にとっては最も惹かれる点でもあった。琉莉はこのことを自分の中でも有利であると感じていた。世の女が嫌いなことが私は好き。嫌われている男でも、私が好きになる可能性は十分にあるわ、と。

琉莉は、今一人で特急に乗っている。彼ともよく乗ったサンダーバード号に。はたから見れば傷心旅行なのだろうか。
しかし冬の北陸の景色は本当に美しい。金沢に入り、田園地帯も多くなってきた。ここからの区間は温泉の駅が続く。軽く雪を身にまとった田園は、夕陽を黄色く反射させている。そんな風景を見ながら、彼との日々を回想する。回想すればするほど彼を手放さなければ良かったと思われた。これほどまでに馬が合った人は男でも女でも居なかった。
けれど、彼はまた私のもとに戻ってくるに違いない。きっと、どんな他の女でも彼の自分勝手にはついていけないはずだわ。琉莉が車窓を眺め、回想し考え出した結論だった。彼の自分勝手はきっとほかの人の手に負えるはずがない。
もう少し待ってみよう、巧斗から連絡が来るはず。そうでなければ私から連絡してみるわ。きっとあの人、ほかの女の下で幸せに暮らせるわけないもの。

冬独特の優しさと冷たさを持つ夕陽が琉莉を包み込んでいた。列車は浅野川を渡り、間もなく金沢駅に到着しようとしている。


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