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ミスチルが聴こえる(短編小説)

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Mr.Childrenの曲を聴いて浮かんだ小説を創作します。 ※歌詞の世界観をそのまま小説にするわけではありません。
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2022年4月の記事一覧

虜(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

虜(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

 君が初めて僕の前に現れたのは、2019年、6月22日だった。その日は街が湿るほどの大雨が降っていて、外に出ることすら億劫になる天気だった。
 その日は休日だったから、僕は雨の音を聴きながら昼まで布団の上でゴロゴロして、朝昼兼用で冷凍のパスタを食べて、午後は憂鬱な気持ちでテレビを見ていた。だけどすぐに飽きて、携帯でツイッターを見ていた。
 すると突然、1人の女性の写真が僕の目を刺激した。思わず、二

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ゆりかごのある丘から(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

ゆりかごのある丘から(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

 やっと、戦争が終わった。ああ、疲れた。
 仲間が大勢死んで、敵も死んだ。勝ったけど、負けた気分だ。

 早く帰ろう。これからは、幸子と一緒に平穏な毎日を過ごそう。

 だけど、丘の上にある家に帰ると、幸子は別の男と寝ていた。

「あなた」

 ショックを通り越して、笑いがこみ上げてきた。そうだよな。俺、随分と戦地に行っていたからな。

「そういうこともあるさ」

 風の噂で、幸子は別の男と結婚し

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臨時ニュース(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

臨時ニュース(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

 もう、いつまでやっているんだ?

「臨時ニュースです」
 
 いいかげんいいだろう? もう飽きたよ。

「本日の東京都の新型コロナウイルス感染者は……」
 
 知らん知らん。まじで。

「6666人です」
 
 ゾロ目かい。

「いやあ、揃いましたね」
 
 何を楽しそうにしてんだ、愚かなテレビマンめ。クソが。

「皆さん、感染対策を怠らないようにしましょう」
 
 してるよ。お前らがしろよ。テ

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ミラー(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

ミラー(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

 僕は誰だろう? 鏡に映る自分は、間違いなく女性の格好をしている。
 
 物心ついたときから、僕は可愛いものが好きだった。だけど周りの男の子はみんな少年漫画を読んだり、半袖短パンでサッカーをしていた。僕はそこへ混じると途端に違和感を覚えて、中学校に入る頃には完全に距離を置いていた。
 
 不毛な中学生活を過ごしたからか、高校に入って勢いよく自我が目覚めた。あるとき隣の男子を好きになって、可愛いって

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シーラカンス(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

シーラカンス(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

僕の心には、シーラカンスが眠っている。深く、深く、音も匂いもしない、真っ暗な世界で、彼はスイスイと優雅に泳ぐ。何にも囚われることもなく、縛られることもなく。
 
 彼は時折、僕を誘ってくる。社会は辛いだろう? 一緒に沈まないか?
 
 彼の誘いは、うつ病を患った過去を持つ僕にとって、とても魅力的なものだった。彼の言う「沈む」は、厭世的な思考を持つ僕を壊し、何もかも解放して自由になることを意味する

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雨のち晴れ(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

雨のち晴れ(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

 八月の雨って、ジメジメしていて嫌い。おまけに雨量も多いし、びしょ濡れになる。
 私は傘をさして、朝方の白い世界を仕方なく歩いていた。もっと駅から近い家に住めばよかったと、雨天のときだけ後悔する。
 だけど、世の中には不思議な生き物もいる。それは雨を待つカエルなのか、それとも天気に左右されない深海魚なのか。私にはよくわからないけど、人間のくせに人間らしくない、制約を壊して自由を手に入れた生き物が、

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クロスロード(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

クロスロード(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

いつの間にか、僕ら人間は忙しさの渦に巻き込まれていて、悠々と流れているはずの時間に感謝できずにいる。空は雲ひとつない快晴なのに、それすら憂う人もいる。空っぽにされた心に、次々と押し込まれていく鬱憤、怒り、焦り、戸惑い。僕らはそんなものを抱えながら、今日もどこかを歩いている。
 人気の少ない渋谷は、どこか呪われたように空気が淀んでいる。僕はじりじりと陽が差すアスファルトを眺めている。前方には、前の

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イノセントワールド(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

イノセントワールド(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

 堀くんは、自ら作り出した世界を持っていた。僕らには到底理解できない、堀くんだけの世界。

 休み時間中も、堀くんは一人で自分が作った世界に没入していた。最初は他の生徒が遊びに誘い、次は先生が外で遊ぶように言ったけど、堀くんは銅像みたいに動かなかった。

「僕は、この世界でヒーローなんだよ」

 あるとき、堀くんは僕に『世界』の中身を教えてくれた。僕は小さいながら、「何言ってるの?」と突き放すよう

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ダンス・ダンス・ダンス(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

ダンス・ダンス・ダンス(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

 ミラーボールが、彼女を照らしている。それを見て恍惚な表情になる繁夫は、ずっと前から彼女のファンだという。
「今日こそ、告白するんだ!」
 この日、繁夫は一杯の酒と共に彼女に近寄った。
 彼女はいやらしい笑顔で、繁夫を舐め回すように見た。そして言った。
「今夜、ホテルに行く?」
 繁夫は喜んだ。
「お願いします」
 僕は呆れた。なんて単純な男だと。
 だけど翌日。繁夫は泣きながら僕に電話をかけてき

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