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雨のち晴れ(短編小説『ミスチルが聴こえる』)



 八月の雨って、ジメジメしていて嫌い。おまけに雨量も多いし、びしょ濡れになる。
 私は傘をさして、朝方の白い世界を仕方なく歩いていた。もっと駅から近い家に住めばよかったと、雨天のときだけ後悔する。
 だけど、世の中には不思議な生き物もいる。それは雨を待つカエルなのか、それとも天気に左右されない深海魚なのか。私にはよくわからないけど、人間のくせに人間らしくない、制約を壊して自由を手に入れた生き物が、傘もささずに長靴を履いて歩いている。ピチャピチャと可愛らしい音を立てて、ずぶ濡れになりながら水たまりに飛び込んでいる。
 子供は元気でいいや。私にも、こんな時代があったはずだけど。
 大人になると、忘れてしまう輝き。そして奔放さ。私は少し微笑みながら、彼の横を通り過ぎた。


 昼頃、所用を終えて外に出ると、灰色の雲は吹き飛んでいて、空は淡い水色に変わっていた。主役である太陽が目覚めたのか、濡れたアスファルトにギラギラした光が差し込んで、宝石みたいに光っている。
 私は傘を杖代わりにして、渇いてゆく街を気分よく歩いた。ただ、一つ気がかりなことがあった。
 朝見かけた少年、大丈夫かな。
 あんなに雨に濡れて、風邪を引かないかな。って心配ではなく、雨が止んだことで無邪気な笑顔が消えてしまったのではないか。私は、そんな意味不明な心配をしてしまった。
 相当疲れているんだな。そう思った私は、さっさと電車に乗って、自分の家がある最寄り駅まで揺られた。
 電車を降りて、家までの帰路を辿る。雑木林たちが汗を掻くように露を垂らして、心地良い日光浴をしているみたいだった。
 あ。
 私は、また不思議な生き物を見つけてしまった。彼は両手を広げ、太陽の光を全身で受け止めていた。朝は雨と戯れ、今は太陽と会話しているように、勇ましい顔をして日光を浴びている。
 雨のち晴れ。彼はいつの日にか、虹を渡ってしまうかもしれない。
 私は可笑しくて、一人で頬を緩めていた。

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