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イノセントワールド(短編小説『ミスチルが聴こえる』)
堀くんは、自ら作り出した世界を持っていた。僕らには到底理解できない、堀くんだけの世界。
休み時間中も、堀くんは一人で自分が作った世界に没入していた。最初は他の生徒が遊びに誘い、次は先生が外で遊ぶように言ったけど、堀くんは銅像みたいに動かなかった。
「僕は、この世界でヒーローなんだよ」
あるとき、堀くんは僕に『世界』の中身を教えてくれた。僕は小さいながら、「何言ってるの?」と突き放すようなことを言ってしまった。それでも堀くんは気にもせず、自分が『世界』の中心であることを楽しそうに話していた。僕は最後まで理解できなくて、彼と顔を合わせることも避けるくらいだった。
彼は小学校4年生の頃に転校してしまった。
堀くんはもっと自由な学校に転校するんだよ。
当時、お母さんはそんなことを言っていた。僕は当時いまいち理解力に欠けていたから、「自由な学校」が羨ましいとさえ感じてしまった。ただ、後々成長してから堀くんのことを思い出すと、彼はどこか変わっている子で、普通のクラスでは対処ができなかったのだろうと考えるのが妥当だった。
二十になった頃、堀くんが小説家としてデビューしたと友人から聞いた。
「覚えてる? 小学校の頃、クラスの隅っこで一人で世界を作って遊んでいたやつがいたでしょう? あいつ、小説家になったんだってさ」
「へえ、それはすごいね」
後日、本屋に行くと彼の本が入り口に置かれていた。芥川賞受賞と書かれている帯が付けられている。本を読まない僕でさえ知っている賞だったから、かなり驚いてしまった。
そして何よりも、題名が僕をビクンと揺らした。
『イノセントワールド』
つまり、無垢な世界。それは、「ヒーローなんだ」と楽しそうに言っていた彼そのものだった。
そっか。こういう生き方もあるんだ。
正直、二十になってもいまいち冴えない人生を送っている僕にとって、彼は自由で羨ましい存在だった。小さい頃抱いた僕の感覚は、あながち間違っていなかったのかもしれない。
「僕も頑張らないとな」
もちろん、彼ほど純粋に創造できる頭は持っていないけど、少しばかり勇気が湧いた気がした。
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